ホーチミンで生活していると、知らない人と少しだけ言葉を交わすことがあります。道を歩いていて声をかけられたり、何かを探していると近くの人から話しかけられたり、バイクで信号待ちをしていると隣の人から話しかけられたりします。長い会話になることは少なく、用事が終わればそのまま別れることも珍しくありません。それでも、あとから思い出すのは、こうした短いやり取りだったりします。
私自身、以前は知らない人に何かを尋ねることを少しためらっていました。分からない場所があっても、まず自分で地図を調べて、できるだけ人に聞かずに済ませようとしていたと思います。ホーチミンで暮らし、何度か知らない人から声をかけてもらううちに、その感覚が少しずつ変わってきました。
街の会話は突然始まる
ホーチミンで知らない人と話すとき、最初から長い会話になることはあまりありません。道端で立ち止まっている人に声をかける、場所を聞かれたら方向を教える、信号で隣に並んだ人と言葉を交わす。きっかけはそのときによって違いますが、必要なことが終わると会話も終わります。
私もバイクで移動しているとき、赤信号で止まっている間に隣の人から道を聞かれたり、何気なく話しかけられたりすることがあります。こちらは信号が変わるのを待っているだけなので、突然話しかけられると少し意外です。ただ、信号が変われば、それぞれ別の方向へ進んでいきます。
こういう場面を何度か経験すると、知らない人との会話を以前ほど特別なことだと思わなくなりました。もちろん、相手や状況を見る必要はあります。誰から話しかけられても同じように応じるということではありません。それでも、短い一言まで最初から身構えなくなったのは、ホーチミンで生活していて変わったところの一つです。
道を探していたときのこと
以前、まだ行ったことのない店を探していたことがあります。大きな通りから一本入った道を歩きながら、スマートフォンの地図を見ていました。地図上では近いはずなのに店が見つからず、私は一度道端で立ち止まり、周囲を見回しました。
そのとき、近くにいた人から、どこを探しているのか声をかけてもらいました。私はスマートフォンに表示していた店の名前を見せました。相手も場所を確認し、少し進んでから曲がるというように、目的地までの方向を教えてくれました。
説明は長くありませんでしたが、自分だけで地図を見ていたときより、進む方向が分かりやすくなりました。教えてもらった方向へ進みながら、私はもう一度地図を確認しました。実際の道と地図を照らし合わせると、聞いた内容とも大きくは違っていませんでした。
今でも印象に残っているのは、道を教えてもらったことと、その後の終わり方です。相手は必要なことを伝えると、自分の用事に戻っていきました。私も「分かった」と思ったところで、そのまま店を探しに戻りました。助けてもらったことはありがたかったのですが、相手に大きな負担をかけたような感じはありませんでした。
親切さを文化だけで説明しない
こういう経験が続くと、「ベトナム人は親切」「人との距離が近い」と説明したくなることがあります。ただ、ホーチミンで暮らしていると、実際にはそんなに単純ではありません。忙しそうな人に声をかけても返事がないこともありますし、こちらの質問を相手が知らなければ、当然ながら答えてもらえないこともあります。
ベトナムの日常的なコミュニケーションを考えるうえでは、相手との関係や場面に応じた呼びかけ、挨拶、敬意の表し方について研究されています。Kien Nguyenの論文「Daily Deference Rituals and Social Hierarchy in Vietnam」は2016年にAsian Social Science Vol.12 No.5、pp.33–46に掲載されました。ベトナムの日常生活における呼称や挨拶などを、社会的な関係や相互作用との関係から扱った研究です。DOI(10.5539/ass.v12n5p33)から論文情報を確認できます。
依頼するときの言葉の使い方については、Thi Thuy Minh NguyenとGia Anh Le Hoによる2013年の研究「Requests and politeness in Vietnamese as a native language」もあります。Pragmatics Vol.23 No.4、pp.685–714に掲載され、ベトナム語で依頼をするときの表現と、相手との社会的な関係や丁寧さとの関係を扱っています。DOI(10.1075/prag.23.4.05ngu)から掲載情報を確認できます。
ただ、この二つの研究から「知らない人に親切にする文化」が証明されるわけではありません。研究が扱っているのは、呼びかけや敬意、依頼の表現といったコミュニケーションの側面です。私がホーチミンで経験した道案内や信号待ちの会話は、あくまで自分の生活の中での経験です。その二つを混ぜずに考えることが、この記事では大事だと思っています。
親切と安全は別に考える
知らない人から声をかけられたとき、私は「親切だから大丈夫」とも「知らない人だから危険」とも、最初から決めないようにしています。まず見るのは、何を話しているのかです。単に道を聞かれたり、場所を教えてもらったりするだけなのか、それとも別の場所へ誘われているのか。同じように声をかけられても、その後の内容は違います。
例えば、道を教えてもらったあとに別の場所へ何度も誘われたり、必要以上に店やサービスを勧められたり、お金を求められたりした場合は、最初の声かけとは分けて考えます。私なら、必要な情報だけ聞いて「ありがとうございます」と伝え、その場を離れます。会話を続けたくないときに、長い説明をする必要はありません。
道を教えてもらった場合も、私はその説明だけを頼りにはしません。目的地の名前や住所を地図で確認し、現在地から見た方向が合っているかを見ます。店名が似ている場所が複数あるときは、住所や大きな道路、交差点なども確認します。地図と聞いた内容がどうしても合わなければ、別の人にもう一度聞くこともあります。
旅行中は、会話とは別に荷物にも注意が必要です。外務省の「ベトナム|安全対策基礎データ」では、2026年3月13日更新の情報として、ベトナムでのひったくり、スリ、盗難などについて注意が案内されています。ホーチミン市を含む都市部についても、道路や市場などでの被害に注意が必要とされています。知らない人との会話を避けることだけを考えるのではなく、話している間も荷物や周囲の状況から意識を離しすぎないことが大切だと私は考えています。
人に聞くことが自然になった
こうした経験が重なって、私自身も以前ほど人に聞くことをためらわなくなりました。分からない場所があれば、まず地図を見る。それでも分からなければ、近くの人に聞いてみる。教えてもらったら、もう一度自分で確認する。今はこの流れが、自分の中ではそれほど特別なことではありません。
ただ、聞いた内容をそのまま正しいと思うようになったわけではありません。相手がその場所をよく知らないこともありますし、私が説明を聞き間違えることもあります。以前は「自分で調べるか、人に聞くか」のどちらかだと思っていましたが、今は両方を使えばいいと考えています。
声をかけてもらったときも、必要なことが分かればそこで終わります。「ありがとうございます」と伝えて、自分の目的地へ向かう。それで十分です。相手が話を続ければ少し話すこともありますが、知らない人との会話だからといって、無理に長く話す必要はありません。
観光地や有名な店を訪れるだけでは、こうした場面に気づくことは少ないかもしれません。道を探している途中で声をかけられたり、信号待ちの隣から一言話しかけられたりするのは、生活の中では小さな出来事です。私の場合、そういう何気ない場面のほうが、あとから思い出すことがあります。
ホーチミンで感じる親切は、私にとって大げさなものではありません。困っているときに一言声をかけてもらう。分かる範囲で教えてもらう。用事が済めば、それぞれの場所へ戻る。その短いやり取りを何度か経験してきたことで、私自身も以前より人に尋ねることを構えなくなりました。
参考資料
Kien Nguyen「Daily Deference Rituals and Social Hierarchy in Vietnam」:2016年、Asian Social Science Vol.12 No.5、pp.33–46。ベトナムの日常生活における呼称、挨拶、敬意の表現と社会的関係について扱った研究です。DOI:10.5539/ass.v12n5p33。確認日:2026年11月6日。
Thi Thuy Minh Nguyen / Gia Anh Le Ho「Requests and politeness in Vietnamese as a native language」:2013年、Pragmatics Vol.23 No.4、pp.685–714。ベトナム語の依頼表現と、社会的な関係や丁寧さとの関わりについて扱った研究です。DOI:10.1075/prag.23.4.05ngu。確認日:2026年11月6日。
外務省「ベトナム|安全対策基礎データ」:ベトナム滞在中の犯罪・防犯情報を確認するために参照しています。同ページの更新日は2026年3月13日です。確認日:2026年11月6日。
