ホーチミンで週末の夜散歩
ホーチミンに10年以上住み、日本人旅行者向けに観光情報を発信していると、「ガイドブックに載っている観光地や定番のグルメ」以外に、もっと面白く、もっと心に残る瞬間があることを強く感じます。それは、計画して訪れる場所ではなく、ふとした街角で出会う“偶然の体験”です。
先日の夜も、そんな体験がありました。夕食の買い物に出かけるため、近所のスーパーへ向かって歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきました。気になって声の方へ足を運ぶと、公民館のようなオープンな建物の前に特設ステージが設けられ、アオザイ姿の女性4人が歌を披露していたのです。
特設ステージで歌謡ショー
客席にはおよそ50人ほどの人々が集まり、思い思いに椅子を動かして好きな場所に座っています。日本であれば整然と並んだ席に着席して、きちんと観覧する光景が当たり前ですが、ここベトナムでは「見たい場所から見る」という自由さが自然に受け入れられています。そのざっくばらんな雰囲気は、まさにベトナムらしさを象徴する場面でした。
ステージ上のアオザイ姿の女性たちは艶やかな歌声を響かせ、会場はにぎやかで温かい空気に包まれていました。観客の中には韓国語で「お母さん!」と声をかけながら駆け寄る人の姿もあり、ホーチミンという街の多国籍な一面も垣間見ることができました。観光客であっても地元住民であっても、同じ空間を共有し、楽しむことができる。この一体感こそ、ホーチミンの魅力のひとつではないでしょうか。
こうしたローカルイベントは、旅行会社のパンフレットや観光情報サイトにはまず掲載されません。そもそも開催日や内容を事前に把握することが難しく、私自身も「いつ」「どこで」開催されるのか分からないことがほとんどです。だからこそ、街歩きの最中に偶然出会った時の喜びは格別です。予定外の出来事が旅のスパイスとなり、忘れられない思い出に変わっていきます。
なぞのイベントに遭遇したら
日本から来られる旅行者にアドバイスするなら、このようなローカルイベントに出会ったときはぜひ気軽に立ち寄ってみてください。歌声や人だかりが聞こえたら、それは地元の人たちが楽しんでいるサインです。遠慮する必要はありません。ベトナムの人々はとても気さくで、「これは何のイベントですか?」と聞けば、笑顔で答えてくれるでしょう。観光客だからといって浮くこともなく、むしろ歓迎されることが多いのです。
日本人旅行者にとって「マナーを守らなければならない」という意識は強いと思います。しかし、ここベトナムでは、あまり堅苦しく考えず、ぐいぐいと現地の人々の中に入っていく方が、より楽しく、より深い体験につながります。もちろん最低限の礼儀は大切ですが、「ちょっとお邪魔します」という気持ちで混ざってみることが、ベトナム流の楽しみ方です。
私自身、ホーチミンに住んで10年以上になりますが、こうした偶然の出来事にはいまだに心を動かされます。観光地や有名レストラン、人気スパなどを紹介することも大切ですが、同じくらい大切なのは「日常の中にある非日常」を旅行者に伝えることだと感じています。街角の小さなイベントや地元の人々の生活風景は、観光スポット以上にその土地を理解する手がかりになるのです。
ホーチミンには、もちろん魅力的な観光資源が数多く存在します。フランス統治時代の建築、にぎやかな市場、洗練されたカフェ、そして本場のベトナム料理。しかし、その一方で、何の前触れもなく出会う歌声や、通りすがりのイベントこそが、旅を唯一無二のものにしてくれるのです。
偶然の出会いこそ旅の醍醐味
「観光地を効率よく回る」ことも旅行の醍醐味ですが、「立ち止まって寄り道する」ことも同じくらい価値があります。ホーチミンの街を歩くときは、予定表に空白を残しておきましょう。その余白が、あなたにとって最高の旅の思い出を生み出してくれるかもしれません。
私たちホーチミン観光情報ガイドでは、旅行者に役立つ実用情報とあわせて、こうしたリアルな体験もお伝えしていきたいと思います。ガイドブックでは見つからない「偶然の出会い」こそ、ホーチミンを旅する魅力の核心なのです。