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ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

by スギモト - 編集部
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スギモト - 編集部
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スギモト - 編集部
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プロローグ ―― ベトナムに、こんなチョコレートがあるのか

はじめてMarou(マルゥ)のチョコレートを見たとき、値札を見て少し身構えたのを覚えています。

板チョコ一枚が、当時のベトナムの物価感覚からすると、なかなかの値段でした。街の屋台でバインミーが150円ほどで買える国で、数十グラムの板チョコがこの価格か、と思ったのです。ホーチミンに長く住んでいると、モノの値段には自分なりの相場観ができてきます。その相場観が、これは高いほうだ、と言っていました。

それでも一枚買ってみました。半分は好奇心で、半分は「観光客向けの、雰囲気を売る商品なのだろう」という、少し斜に構えた気持ちからでした。

一口食べて、その斜に構えた気持ちは、静かに引っ込みました。

甘いだけのチョコレートではありませんでした。口に入れると、しっかりとした苦みがあって、そのあとに、果実のような酸味と、かすかな香りが続きます。子どものころに食べていた、甘いミルクチョコレートとは、ずいぶん印象の違う味でした。これは大人向けのチョコレートだな、と感じました。苦みを苦みとして楽しめる年齢になった人のための味だ、と。

パッケージも印象に残りました。ベトナムの伝統的な模様をあしらった、落ち着いた色合いの包み紙。一枚一枚が、ていねいに作り込まれています。店舗のたたずまいも整っていて、当時のホーチミンの街並みの中では、少し目を引く高級感がありました。ベトナムにも、こういう世界観のものが生まれているのか、と思いました。

私はホーチミンに14年ほど住んでいて、その間ずっと旅行の仕事に関わってきました。日本から来る旅行者を案内し、お店を紹介し、お土産の相談に乗る。その中で、実はずっと引っかかっていたことがあります。

ベトナムには、これといった定番のお土産スイーツが少ない、ということです。

コーヒー、ドライフルーツ、カシューナッツ、蓮茶。定番はいくつもあります。悪くはないのですが、「これを買っておけば喜ばれる」という、胸を張って渡せる御当地スイーツとなると、長いあいだ手薄でした。旅行業をやっている身として、これは地味に悩ましい問題でした。ベンタイン市場をお客さんと歩きながら、「日本へのお土産、何がいいですか」と聞かれて、少し言葉に詰まることが何度もありました。

そのすき間を、ベトナム産のチョコレートが、少しずつ埋めつつあります。

この記事では、なぜベトナムでチョコレートなのか、という素朴な疑問から始めて、ベトナムのカカオのこと、Marouをはじめとするチョコレートのこと、そしてそれを実際にどこで買い、どこで体験できるのかまでを、旅行者の目線でまとめてみました。カカオやチョコレートの専門的なことは、私も詳しくないので、いろいろと調べたうえで書いています。専門家の解説というより、この街に住んで旅行の仕事をしている一人が、調べて、食べて、感じたことの記録だと思って読んでいただければと思います。

カフェでコーヒーを一杯楽しむのと同じくらい気軽に、ベトナムのチョコレートを旅の中に取り入れてもらえたら、というのが、この記事を書いた動機です。読み終えたとき、ホーチミンの土産物選びの選択肢が、ひとつ増えているとうれしいです。

第1章 なぜ、ベトナムでチョコレートなのか

「ベトナムでチョコレート」と聞いて、すぐにはピンとこない人は多いと思います。私自身、住み始めた当初はそうでした。ベトナムといえばコーヒーの国、という印象で、チョコレートの国という感覚はまったくありませんでした。

ところが調べてみると、知識としての順序が逆でした。チョコレートの原料であるカカオは、コーヒーと同じ熱帯の作物で、赤道を挟んだ南北およそ20度の帯、いわゆる「カカオベルト」の中でしか育たないそうです。ベトナム南部は、ちょうどこのカカオベルトに収まっています。気候としては、カカオを育てるのに向いた土地だということでした。

カカオの木は、けっこう繊細な植物だと言われています。強い直射日光や乾燥に弱く、ある程度の日陰と、高い湿度、安定した雨を必要とするそうです。ベトナム南部の高温多湿な気候や、メコンデルタのように水が豊かな土地は、この条件に合っているとのことでした。実際、カカオ農家の多くは、ココナッツやフルーツの木の間にカカオを植える「混作」という形で育てているそうです。限られた土地を有効に使い、収入源を分散させる工夫なのだろうと思います。

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

では、なぜベトナムのカカオが長いあいだ知られてこなかったのか。これも調べてみると、100年以上前までさかのぼる話でした。

ベトナムにカカオが持ち込まれたのは、19世紀の終わり、フランス植民地時代のことだそうです。記録に残る古い栽培は1870年代で、フランス人のカトリック神父が、メコンデルタの土地に苗を植えたと言われています。メコン川が上流から運んできた土砂が積もってできた、豊かな土壌の地域です。コーヒーもゴムもコショウも、フランスはこの植民地でさまざまな作物を試していて、カカオもそのひとつだったようです。

ただ、フランスのカカオ栽培は、うまくいかなかったとされています。1907年には、植民地当局がカカオ生産者への奨励金を廃止してしまったそうです。理由は、儲からなかったから。ゴムやコーヒーに比べて、カカオは手間のわりに利益が出にくかった、ということのようです。こうしてベトナムのカカオは、その後数十年、ほとんど忘れられた存在になり、メコンデルタの一部で細々と栽培・消費される程度になっていったと言われています。

つまりベトナムのカカオには、「一度はじまって、一度あきらめられた」歴史があるわけです。この空白の長さが、ベトナムがカカオの国として知られてこなかった大きな理由なのだろうと、調べていて思いました。土地の条件はあったのに、経済的な事情で、その可能性が長らく眠っていた、ということのようです。

ベトナムに住んでいると、「コーヒーは飲むけれど、チョコレートはあまり食べない」という感覚が、地元の人々の間に根強いことに気づきます。コーヒーは、朝も昼も、路上の低い椅子に座って何杯も飲むほど、生活に溶け込んでいます。一方でチョコレートは、長らく輸入物の贈り物か、子ども向けのお菓子という位置づけでした。カカオを育てている国でありながら、そのカカオが自国の上質なチョコレートになって返ってくる、という発想は、ごく最近まであまりなかったのです。原料はあるのに、それを楽しむ製品の文化がなかった。このねじれが、ベトナムのチョコレートの物語を、少し面白くしているように思います。

状況が動き出すのは、20世紀の終わりから21世紀にかけてだそうです。政府や国際的な援助機関が、カカオを農家の新しい収入源として後押しし、2000年代に入って栽培面積が広がったとのこと。この時期に植えられたカカオが、のちのベトナム産チョコレートの原料になっていきます。

興味深いのは、ベトナムのカカオが「量」ではなく「質」で注目され始めた、という点でした。世界のカカオ生産量の主役は西アフリカで、ベトナムの生産量は世界全体のごくわずかにすぎないそうです。量では、とても勝負になりません。ところが、ベトナム南部で採れるカカオには、香りや酸味に個性があり、少量でも価値のある「ファインフレーバーカカオ(風味に優れたカカオ)」としての評価があるとのことでした。

この「少ないけれど質が良い」という立ち位置が、あとで書くベトナムのチョコレートの物語全体を貫くキーワードになります。安いチョコレートで量を売るのではなく、少量で個性的な、付加価値の高いチョコレートをつくる。その方向に進んだからこそ、世界の愛好家の目に留まった、ということのようです。

旅行者の目線でいうと、このことは意外と大事だと思います。多くの人のホーチミン旅行は、ベンタイン市場で買い物をして、ドンコイ通りを歩き、統一会堂や戦争証跡博物館を見て、一日はメコンデルタツアーに出かける、といった組み立てになります。その合間に、カフェでベトナムコーヒーを飲む。これが定番の流れです。そこに「ベトナム産のチョコレート」という選択肢が加わると、コーヒーと同じ感覚で、もうひとつ楽しめるものが増えます。カフェでコーヒーを味わうように、チョコレート専門店で板チョコを選ぶ。そういう時間が、無理なく旅程に収まるようになったのです。

私がホーチミンに来た14年前、街にはまだベトナム産のチョコレートは、ほとんど見かけませんでした。スーパーに並ぶのは、輸入物のチョコレートばかり。それがこの十数年で、ずいぶん変わりました。ベトナムのカカオでつくられ、ベトナムで製造されたチョコレートが、専門店を構え、旅行者のお土産の候補に入るようになったのです。コーヒーの国というイメージの隣に、チョコレートという新しい顔が、少しずつ加わってきました。

第2章 カカオはどこで育つのか ―― ベトナムの産地の話

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チョコレートの世界では、「テロワール」という言葉がよく使われるそうです。土壌や気候といった、その土地ならではの条件が、味に表れるという考え方です。もともとはワインの言葉ですが、私にとっては、コーヒーのほうがしっくりきます。

ベトナムに住んでいると、コーヒーの産地の話は、生活の中で自然と耳に入ってきます。中部高原のブオンマトートのコーヒーはこう、ダラットの高地で育つアラビカはこう、といった具合に、同じベトナムのコーヒーでも、産地によって味が違うという話を、地元の人はごく当たり前にします。コーヒーの一大生産国であるベトナムでは、「産地で味が変わる」という感覚が、コーヒーを通じてすでに根づいているのです。カカオも、まったく同じでした。育った土地によって、味が変わる。コーヒーで馴染んだこの感覚を、そのままチョコレートに持ち込めるのが、私にはわかりやすく感じられました。

ベトナムのカカオ栽培の「発祥の地」とされるのは、メコンデルタのベンチェ(Ben Tre)省だそうです。ホーチミンから南西へ車で走った先にある、ココナッツの産地としても知られる水郷地帯です。ここのカカオは、メコン川が運ぶ豊かな土壌を背景に、穏やかな酸味とマイルドな風味を持つと言われています。今もベトナムのカカオの象徴的な産地であり続けているとのことでした。ちなみに、旅行者に人気のメコンデルタツアーで訪れるエリアも、このあたりです。多くの日帰りツアーは、ミトー(My Tho)やベンチェを目指します。ツアーの定番であるココナッツキャンディの製造見学も、実はこのベンチェのココナッツ文化の一部です。カカオもココナッツも同じ土地の恵みだと思うと、いつものメコンデルタツアーの景色が、少し違って見えてくるかもしれません。

同じメコンデルタでは、ティエンザン(Tien Giang)省も重要な産地だそうです。州都のミトーは、ホーチミンから最も近いメコンデルタの入り口にあたり、メコン川ツアーの定番の目的地です。

実は、私がベトナムのカカオと最初に出会ったのも、メコンデルタでした。家族でメコン方面へ小旅行に行ったときのことです。ツアーではなく、車をチャーターして、自分たちのペースで自由に回る旅でした。その途中、ドンタップ(Dong Thap)にあるKimmy's Chocolatier(キミーズ・チョコラティエ)という、小さなチョコレート工場に立ち寄りました。そこで一杯のココアを出してもらいました。温かくて、素朴で、思っていたよりずっと美味しい一杯でした。市販の粉末ココアとは違う、カカオそのものの香りが立つ味だったのを、今でも覚えています。ベトナムのカカオに対する私の見方を少し変えたのは、Marouの板チョコよりも先に、この一杯だったかもしれません。

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

メコンデルタから内陸に目を移すと、産地の性格が少し変わるようです。ホーチミンの東のドンナイ(Dong Nai)省や、ビーチリゾートで知られるブンタウを擁するバリア・ブンタウ(Ba Ria-Vung Tau)省も、カカオの産地だそうです。調べてみると、バリア・ブンタウにはカカオの品種研究の拠点もあり、どの品種がベトナムの気候や土壌に合うのかを研究してきた歴史があるとのことでした。

さらに標高を上げると、中部高原のダクラク(Dak Lak)省やラムドン(Lam Dong)省があります。ダクラクはコーヒーの一大産地として有名ですが、カカオも育てられてきたそうです。ラムドンは避暑地ダラットのある高原で、アラビカコーヒーの産地でもあります。カカオもコーヒーも、似たような土地で育つのだな、と、産地の名前を並べていて思いました。ダラットは、ホーチミンから足を延ばす旅行先としても人気の高原都市です。涼しい気候と花や野菜の産地として知られていますが、その足元でカカオも育っていると思うと、旅の見え方が少し変わってきます。

こうして産地を並べてみると、ベトナムのカカオが、南のメコンデルタの水郷から、内陸の平原、そして中部高原まで、かなり広い範囲で、しかも標高も気候も違う土地で育っていることがわかります。西アフリカのように、広大な単一の産地で大量に均一なカカオを育てるのとは、成り立ちがずいぶん違うようです。この「小さくて多様」という特徴が、産地ごとに味を分けてつくるビーンズ・トゥ・バーのつくり手にとっては、ちょうど良い個性の幅になる。量では不利なベトナムが、質と多様性で存在感を出せているのは、この国土の多彩さのおかげなのだろうと、調べていて思いました。

カカオの品種についても、少し調べてみました。大きく分けて三つの系統があるそうです。香りに優れるけれど育てにくいクリオロ種、丈夫で量産に向くけれど風味は素朴なフォラステロ種、そしてその両者を掛け合わせたトリニタリオ種。ベトナム南部で育てられているのは、主にこのトリニタリオ系だと言われています。バランスが良く、後で書く「ビーンズ・トゥ・バー」のつくり手に好まれるそうです。ベトナムのトリニタリオ系のカカオは、新鮮な果実を思わせる酸味や、ときに花のような香りを持つ、と紹介されていました。

味を決めるのは、品種と土地だけではないようです。調べてみると、収穫したあとの「発酵」の工程が、風味を大きく左右するとのことでした。カカオの実の中には、白い果肉に包まれた種が入っていて、この種を果肉ごと数日間発酵させ、天日で乾かす。この発酵と乾燥のやり方で、同じ畑のカカオでも、できあがる香りが変わってしまうそうです。ベトナムのチョコレートが評価されている理由のひとつは、この発酵をていねいに管理しているところにある、と紹介されていました。カカオの実は、ラグビーボールのような形で、木の幹に直接ぶら下がるようにして実るそうです。枝先ではなく幹に実がなるというのは、写真で見ると少し不思議な光景でした。

ただ、ベトナムのカカオには、明るい話ばかりではない一面もあるようです。調べてみると、栽培面積は2012年ごろをピークに、大きく減ってきたとのことでした。ピーク時に2万5千ヘクタール以上あった面積が、その後数千ヘクタール規模まで落ち込んだそうです。理由は、カカオの価格が不安定なことに加えて、ドリアンやアボカドといった、より収益性の高い果物に農家が乗り換えたことが大きいと言われています。カカオの木は、植えてから実が取れるまで数年かかるうえ、価格も上下する。すぐに高く売れる果物のほうへ流れるのは、農家にとって自然なことなのだろうと思います。だからこそ、つくり手が農家と直接契約し、通常より高い価格で買い取る取り組みを進めている、という話も目にしました。一枚の板チョコの値段の一部は、こうして産地を支えるためのものでもあるのかもしれません。

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

第3章 Marouが変えたもの ―― 二人のフランス人の話

ベトナムのチョコレートを語るうえで、Marou(マルゥ)は外せない存在です。このブランドの登場が、「ベトナム=チョコレート」というイメージを、世界に対して大きく広げたと言われています。

調べてみると、Marouが生まれたのは2011年。創業したのは、サミュエル・マルタとヴィンセント・ムールーという、二人のフランス人だそうです。ブランド名の「Marou」は、二人の名字、マルタ(Maruta)とムールー(Mourou)を組み合わせたものとのこと。

面白いのは、二人がもともとチョコレートの専門家でも、食品業界の人間でもなかったという点でした。マルタは金融の世界にいた人で、家族とサイゴンに移り住んでいた。ムールーは、サンフランシスコの広告業界のキャリアを離れて、ベトナムに来ていた。この二人が、ベトナム南部でのアウトドアの体験のような場で出会い、意気投合したと伝えられています。畑違いの二人が異国で出会って始めた、というのは、なかなか面白い始まり方だと思いました。

素人だったからこそ、というところも、この話の面白いところだと思います。もし二人が本場ヨーロッパのプロのショコラティエだったら、「良いチョコレートは、伝統的な産地のカカオでつくるもの」という常識から入っていたかもしれません。ところが、その先入観がなかった二人は、目の前のベトナムのカカオを、ただ素直に「これは美味しいチョコレートになる」と受け止めた。外から来て、業界の常識に縛られていなかったからこそ、長らく見過ごされてきた素材の良さに気づけた、という見方もできそうです。ものごとの価値は、内側にいる人より、外から来た人のほうがよく見えることがある。Marouの話は、その一例のように感じました。

二人は、ベトナムでカカオが育っていることを知り、興味を持ちます。バリア省のカカオ農園を訪ね、このカカオが上質なチョコレートになりうると感じた、とのこと。100年以上のあいだ、あまり注目されてこなかった素材の価値に、外から来た二人が気づいた、という話です。

彼らは、最初は自宅の台所で、手探りでカカオ豆を焙煎するところから始めたそうです。ベトナム南部の各地を回り、農家を訪ね、少しずつ豆を集めては試作を繰り返す。どの産地の、どんな豆が、どんな味になるのか。前例が少ない中で、自分たちの舌でベトナムのカカオを確かめていったと言われています。この地道な作業が、のちの「産地ごとに板チョコを分ける」という発想につながっていったようです。

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

Marouが打ち出したのは、「シングルオリジン」という考え方だそうです。複数の産地のカカオを混ぜるのではなく、ひとつの産地のカカオだけでチョコレートをつくる。コーヒーで、産地ごとに豆を分けて売るのと、同じ発想だと思うとわかりやすいです。Marouはベトナム南部の複数の省からカカオを仕入れ、産地ごとに板チョコを分けてつくりました。ティエンザン、ベンチェ、ドンナイ、ラムドンといった産地名が、そのまま商品名になっています。同じベトナム産でも、産地が違えば味が違う。その違いそのものを商品にした、というわけです。

調べたところ、たとえばティエンザン産は明るい果実味、ドンナイ産は苦みと南国のフルーツを思わせる香り、ラムドン産にはこの地域のアラビカコーヒーを合わせた一枚もあるそうです。カカオの含有率も、64%から80%近くまで、商品によってさまざま。板チョコを何枚か並べて食べ比べると、同じ国のカカオとは思えないほど、味に幅があります。

Marouの評価を広げたのは、世界のコンテストでの受賞だそうです。創業から2年後の2013年、ティエンザン70%の板チョコが、ロンドンのアカデミー・オブ・チョコレート・アワードで銀賞を受けたとのこと。その後も、ロンドンのアカデミー・オブ・チョコレートやインターナショナル・チョコレート・アワードといった品評会で、金・銀・銅のメダルを重ねていったと紹介されていました。海外のメディアも、ベトナム発のこの小さなブランドを取り上げ、「ベトナムに、世界に通用するチョコレートがある」という話が広がっていったようです。創業からわずか数年で、世界の愛好家に名前が届いた、というスピード感も、当時としてはめずらしいものだったのだろうと思います。素人同然の二人が台所で始めたものが、これだけの評価を得た、という筋書きは、それだけで人を惹きつけるものがあります。

私がMarouの板チョコを初めて食べて、値段に身構え、味に納得したのは、ちょうどこのブランドが評価を固めていく時期でした。あのとき感じた「大人向けのチョコレートだ」という印象は、それほど的外れではなかったのだな、とあとで知りました。苦みと酸味をあえて前に出す、シングルオリジンならではの味づくり。それは、甘さで勝負する従来のチョコレートとは、少し違うものでした。

もうひとつ、Marouで印象的だったのは、見せ方でした。ベトナムの伝統的な模様を取り入れた、ていねいに仕上げられた包み紙。産地名を主役にしたブランドデザイン。ホーチミン中心部の、落ち着いた雰囲気の旗艦店。これらが一体となって、「ベトナム産チョコレート」に、それまであまりなかった高級感と物語を与えた、と感じます。私が店舗のたたずまいに感じた高級感は、こうしたブランドづくりの結果だったのだろうと思います。

旗艦店の話も、少し補足しておきます。調べてみると、Marouはホーチミン中心部に「メゾン・マルゥ」というカフェ併設の旗艦店を構えていて、ここがベトナムのチョコレートを体験する入り口として、多くの旅行者に知られているようです。ベンタイン市場の近くという立地もあって、市内観光の合間に立ち寄りやすい。チョコレートを買うだけでなく、コーヒーやデザートを楽しみ、つくる工程を眺める。かつては輸入物か子ども向けのお菓子でしかなかったチョコレートが、大人がゆっくり時間を過ごすための場所へと、位置づけを変えていったのだと思います。この場所については、第6章であらためて紹介します。

Marouが見せてくれたのは、ベトナムという国が、安さや量ではなく、質とデザインと物語でも勝負できる、ということでした。ベトナムのコーヒーが、「安くて濃い日常の飲み物」から、産地や淹れ方にこだわるものへと広がってきた流れと、どこか重なる話だと思います。原料を売るだけでなく、その原料を自国で価値ある製品に変えていく。Marouは、その一例として、わかりやすい存在でした。

第4章 Marouだけではない ―― 広がるベトナムのチョコレート

Marouがベトナムのチョコレートを知らしめたあと、その後を追うように、いくつものブランドが登場したそうです。今のホーチミンには、Marou以外にも個性のあるチョコレートがいくつもあります。この章では、調べる中で知ったブランドを、いくつか紹介したいと思います。

まず、アルヴィア(Alluvia)です。名前は、沖積土壌(alluvial soil)に由来しているそうです。その名のとおり、メコンデルタのティエンザン省の土地でカカオを育て、そこからチョコレートまでを一貫してつくる、家族経営のブランドとのこと。ティエンザンのカカオを使ったチョコレートは、明るくフルーティーで、南国らしい風味が特徴だと紹介されていました。アルヴィアは自社の農園や工場を見学者に開放していて、カカオの収穫から加工までの工程を、実際に見て体験できるそうです。メコンデルタツアーの延長で、カカオに触れられる場所がある、というのは、旅行者にとってうれしい話だと思います。

次に、ベルヴィー(Belvie)です。ホーチミンを拠点とするブランドで、片方がベルギーにルーツを持つ二人が設立したそうです。その名のとおり、ベルギーのチョコレートづくりの技術と、ベトナムのカカオを組み合わせている。ベンチェ、ドンナイ、ラムドンといった産地の農家と直接やり取りをして豆を仕入れ、手作業で仕上げているとのことでした。チョコレートの本場ヨーロッパの技術が、ベトナムの素材と出会うと何が生まれるのか。そんな視点で見ると面白いブランドです。

そして、日本人としてうれしかったのが、ビノン・カカオ(Binon Cacao)の存在です。調べてみると、ビノンはベトナムのカカオに惚れ込んだ日本人が立ち上げたブランドで、ホーチミンから車で2時間弱のバリア・ブンタウ省に、農園と工場を兼ねた「ビノン・カカオ・パーク」を構えているそうです。使っているカカオは、発祥の地とされるベンチェ産。畑からチョコレートまでを手がける「ファーム・トゥ・バー」を掲げているとのこと。日本人が、ベトナムの土地でベトナムのカカオを使ってチョコレートをつくる。二つの国が交わるこの取り組みには、勝手に親近感を覚えてしまいます。ビノンでの体験については、第6章であらためて紹介します。

こうしたブランドが並ぶようになって、ベトナムのチョコレートは、Marouだけのものではなくなってきたようです。それぞれのブランドが、それぞれの産地、製法、物語を持って共存している。あるブランドは果実味を、あるブランドは苦みを、あるブランドはなめらかな口どけを大事にする。同じベトナム産のカカオでも、つくり手が変われば、違うチョコレートになります。

これらのクラフトのブランドとは別に、産業用のチョコレートの世界でも、ベトナム産カカオの評価は上がっているようです。調べてみると、ヨーロッパの製菓材料メーカーが、ベトナム産カカオを使った製菓用チョコレートを商品にしている例もあるとのことでした。パティシエやパン職人がケーキや焼き菓子に使うためのもので、私たちが街のカフェやベーカリーで口にするスイーツの中に、知らないうちにベトナム産カカオが入っている、ということも起きているのかもしれません。世界のプロが素材として選ぶというのも、ベトナムのカカオが評価されている、ひとつの表れだと思います。

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

これは、以前このメディアで書いたバインミーの話と、少し似ています。バインミーも、屋台ごと、店ごとに味が違い、その多様さが魅力でした。ベトナムのチョコレートにも、ひとつの「正解」があるわけではなさそうです。ブランドを食べ比べて、自分の好みの一枚を見つけていくところに、面白さがあります。板チョコだけでなく、カカオニブを使ったお菓子や、チョコレートを使ったドリンク、生チョコのような柔らかいものまで、商品の幅も広がっているようです。旅行者としては、まず有名なMarouを一枚買ってみて、気に入ったら他のブランドにも手を伸ばしてみる、という順番がわかりやすいと思います。専門店をのぞくと、名前を知らないブランドの板チョコがいくつも並んでいて、そのどれもがベトナムのカカオでできている、という状況自体が、この十数年の変化を物語っているように感じます。

もちろん、これらのチョコレートは、屋台のバインミーのように誰もが毎日食べるものではありません。価格を考えれば、特別な日のための、あるいは贈り物としてのチョコレートです。でも、それでいいのだと思います。ベトナムのチョコレートは、日常の食べ物ではなく、この国の新しい「顔」として、少し背伸びした場所に立っている。そういう商品が国産で育ってきたこと自体が、この国の変化を表しているように思います。

第5章 ビーンズ・トゥ・バーとは ―― 「大人のチョコレート」の中身

ここまで何度か「ビーンズ・トゥ・バー」という言葉を使ってきました。調べたことをもとに、少し説明しておきたいと思います。

ビーンズ・トゥ・バー(bean to bar)とは、文字どおり「豆(bean)から板チョコ(bar)まで」という意味だそうです。カカオ豆の選定と仕入れから、焙煎、皮むき、すりつぶし、砂糖との調合、なめらかにする工程、そして板チョコに固めるまで、そのすべてを一つのつくり手が一貫して手がける製法を指すとのことでした。

これがなぜ特別なのかは、一般的なチョコレートのつくられ方と比べるとわかりやすいそうです。世の中に多く出回るチョコレートは、大きなメーカーが、産地の異なるカカオを大量に混ぜ合わせ、均一な味に仕上げてつくることが多い。安定した味を安く大量に供給するには、それが合理的なのだろうと思います。ただ、その過程で、どの畑のカカオがどんな味を持つか、という個性はならされてしまう、と紹介されていました。

ビーンズ・トゥ・バーは、その逆だそうです。あえて産地を絞り、そのカカオの個性を消さずに引き出す方向でつくる。だから、第2章で書いた「産地ごとの味の違い」や「発酵による香りの違い」が、そのまま板チョコに表れる。コーヒーを産地や銘柄で選ぶのと同じ感覚で、チョコレートを選べるようになるわけです。これが、ベトナムのチョコレートを面白くしている仕組みなのだと、調べていて納得しました。

工程も、もう少し調べてみました。発酵と乾燥を経たカカオ豆は、まず焙煎される。ここはコーヒーと考え方が近いそうです。次に、焙煎した豆の外皮を取り除き、中身を砕いた「カカオニブ」を取り出す。これをすりつぶすと、カカオの脂肪分(カカオバター)が溶け出して、どろりとしたペーストになる。ここに砂糖を加え、長い時間をかけてなめらかになるまで練り上げる。この「練り」が口どけを左右するとのこと。最後に、温度を調整しながら型に流し、冷やし固める。この温度調整(テンパリング)がうまくいくと、表面につやが出て、割ったときにパキッと音がするそうです。一枚の板チョコの背後に、これだけの手間があるとは、正直、調べるまで知りませんでした。ドンタップの工場で飲ませてもらったあの温かいココアも、こうした工程のどこかで生まれた一杯だったのだな、と、あとになって思いました。板チョコになる前の、まだ素朴な段階のカカオを味わえたのだと思うと、あの一杯が、少し特別なものに感じられます。

では、なぜベトナムのチョコレートは「大人っぽい」味になるのか。これも調べてみると、理由がいくつかあるようでした。

ひとつは、カカオの含有率の高さだそうです。街で売られる一般的なミルクチョコレートは、カカオの含有率が30%台のものも多く、残りは砂糖やミルク。だから甘さが前に出ます。一方、ベトナムのチョコレートは、カカオ70%前後、高いものでは80%近いものも多い。砂糖の割合が少なく、カカオそのものの味が前に出る。当然、甘さより苦みや酸味が主役になります。私がMarouを初めて食べたときの「甘いだけじゃない」という印象は、この含有率の高さから来ていたようです。

もうひとつは、トリニタリオ種のカカオが持つ、酸味と香りの豊かさだそうです。第2章で書いたように、ベトナム南部のカカオには、果実を思わせる酸味や、柑橘のような爽やかさがあると言われています。この個性を、ていねいな発酵と、産地を絞ったビーンズ・トゥ・バーの製法が、そのまま板チョコに残す。結果として、口に入れた瞬間に苦みが立ち、そのあとに果実味と香りが続く、複雑な味わいになるとのことでした。

パッケージの「70%」といった数字の意味も、調べてみて、ようやくわかりました。この数字は、チョコレートに含まれるカカオ由来の成分の割合だそうです。数字が高いほど砂糖が少なく、カカオの味が濃く、苦みが強くなる。逆に低いほど甘さを感じやすい。ベトナムのチョコレートに初めて挑戦するなら、まずは65%前後の食べやすいものから入り、慣れてきたら70%、75%と濃いほうへ進むのがよさそうです。

食べ方にも、少しコツがあると紹介されていました。冷蔵庫から出してすぐの冷たい状態でかじるのではなく、少し常温に戻して、小さくひとかけら口に入れ、噛まずに舌の上で溶かしてみる。すると、溶けていく過程で味が変化していくのがわかる、とのこと。実際に試してみると、最初の苦み、続く酸味、最後の香りの余韻と、たしかに段階があって、面白い体験でした。産地違いの板チョコを何枚か用意して食べ比べると、その差がよくわかります。

飲み物を合わせるなら、意外に思われるかもしれませんが、ベトナムのブラックコーヒーがよく合うように感じました。ベトナムはコーヒーの産地で、深く焙煎した濃いコーヒーが日常的に飲まれています。この苦いコーヒーと、含有率の高いチョコレートの苦みは、互いを引き立て合うようです。甘い練乳入りのカフェ・スア・ダーと合わせて、苦みと甘さを対比させるのもいい。同じ国で育ったカカオとコーヒーを一緒に味わうというのは、考えてみると、少し贅沢な組み合わせです。旅行中であれば、街のカフェで買ったベトナムコーヒーと、専門店で買った板チョコを、ホテルの部屋で一緒に味わってみるのもおすすめです。派手ではありませんが、その土地の産物だけで完結する、ささやかな贅沢になります。

ベトナムのお土産、何を選ぶ? 長年の悩みを解いてくれた「大人のチョコレート」の話

ちなみに、カカオ含有率の高いチョコレートは、味の面白さだけでなく、素材そのものの性格もあるようです。調べてみると、カカオには苦みや香りのもとになる成分が多く含まれていて、含有率が高いほど砂糖が少なく、少量でも満足感があるとのことでした。一枚を一気に食べるというより、ひとかけらを味わって余韻を楽しむ。そういう付き合い方が似合うチョコレートです。実際、ベトナムのチョコレートを買う人の多くは、大袋を一気に食べるのではなく、上質な一枚を少しずつ味わっているように見えます。この「少しを、じっくり」という楽しみ方自体が、これまでのチョコレートのイメージとは少し違う、新しいもののように思います。

「大人のチョコレート」という言葉を、私はこの記事で何度か使っています。甘さを楽しむお菓子というより、苦みや酸味の奥にある複雑さを味わう、大人向けの嗜好品、という意味です。コーヒーやお酒がそうであるように、ベトナムのチョコレートも、味の背景を知るほど面白くなる、そういう種類の食べ物のようです。そして、その背景の物語が、この一枚を、ただの甘いお菓子から、少し語りたくなる一品にしているのだと思います。

第6章 どこで買い、どこで体験するか ―― ホーチミン実践ガイド

ここまで読んで、ベトナムのチョコレートを手に取ってみたくなった方のために、この章では、ホーチミンでどこで買えて、どこで体験できるのかを、具体的にまとめておきます。

まず、旅行者にとって一番わかりやすい入り口が、メゾン・マルゥ(Maison Marou)の旗艦店です。ホーチミン1区のカルメット(Calmette)通りにあり、ベンタイン市場や美術館からも歩ける、街の中心部です。市内観光のついでに立ち寄りやすい場所にあります。ここはただの物販店ではなく、カフェを併設したチョコレートの複合空間で、ガラス越しにチョコレートがつくられる様子を眺められ、手づくりのデザートやドリンクも楽しめます。営業時間は朝から夜まで長いので、旅行の合間に寄りやすいと思います。お土産用の板チョコを買うにも、自分へのご褒美に一杯楽しむにも、まず訪れてみるとよい場所です。Marouはホーチミンだけでなく、ハノイ、ホイアン、ダナンなど各地に店舗があるそうなので、他の街を旅する方も出会う機会は多いはずです。

じっくりカカオそのものを体験したいなら、郊外の農園型の施設に足を延ばすのがおすすめです。第4章で触れた、ビノン・カカオ・パークが、その代表格です。調べてみると、ホーチミンから車で2時間弱のバリア・ブンタウ省にあり、日本人が立ち上げたブランドの農園兼工場だそうです。

ビノン・カカオ・パークでの体験を、もう少し具体的に紹介します。ここではまず、カカオの畑を歩いて、木に実が幹から直接ぶら下がる様子を見たり、栽培のことを学んだりできるそうです。そのあと工場に移って、収穫した豆が、発酵、乾燥、焙煎を経て、板チョコになるまでの一連の工程を見学できるとのこと。カカオの実を割って、種を包む白い果肉をそのまま味わったり、焙煎したカカオニブを試したりと、ふだん板チョコとしてしか知らないカカオを、いろいろな段階で味わえるのが特徴のようです。さらに、自分の手で材料をあつかって、オリジナルのチョコレートバーをつくるワークショップもあるそうです。営業は火曜から日曜(月曜休み)で、ホーチミンからの日帰りで訪れるのが現実的なようです。ビーチリゾートのブンタウと組み合わせて、一泊の小旅行にしてもいいと思います。日本人が運営に関わっているため、言葉の面でも比較的安心して参加できるという声も見かけました。手を動かして自分でチョコレートをつくる体験は、子ども連れの家族旅行や、定番の市内観光とは少し違うことをしたいリピーターに向いています。景色を眺めるだけでなく、その土地の産物に自分の手で触れる。そういう体験は、モノのお土産以上に、長く記憶に残ることが多いように思います。

メコンデルタ方面なら、ティエンザン省のアルヴィアの農園・工場も見学できるそうです。ホーチミンからのメコン川ツアーの多くは、このティエンザン省のミトーを目指します。定番のメコンデルタツアーに、カカオという切り口が加わると、同じ行き先でも体験の奥行きが変わってきます。メコン川の雄大な景色や、椰子の葉が茂る水路の舟下りと合わせて、カカオに触れられるのは、ホーチミン近郊ならではだと思います。私自身がドンタップのKimmy's Chocolatierで温かいココアを飲んだのも、こうしたメコンデルタの小旅行の途中でした。あのときは車をチャーターして、家族で自由に回っていたので、ツアーでは寄らないような小さな工場にも、気ままに立ち寄ることができました。

日常的にサッと買いたいなら、市内の輸入食品を扱うスーパーマーケットや、タンソンニャット空港の売店でも、Marouなどの板チョコを見つけられます。帰国直前に空港で買えるのは、お土産としては安心です。ただ、種類の豊富さや、パッケージの状態、体験としての満足度を考えると、やはり専門店で買うのが一番だと思います。専門店なら、産地違いの板チョコを一枚ずつ選んで、自分だけの詰め合わせをつくることもできます。

旅程への組み込み方も、少し考えてみます。たとえば、市内観光の日に、ベンタイン市場やドンコイ通りでの買い物のついでに、カルメット通りのメゾン・マルゥに立ち寄って、その場でひと休みしながらお土産を選ぶ。メコンデルタツアーに行く日には、その土地がカカオの産地でもあることを頭の片隅に置いておく。もう少し時間と好奇心があれば、一日をカカオにあてて、ビノン・カカオ・パークやメコンデルタの工場見学に出かける。こんなふうに、力の入れ具合に応じて、いくつかの関わり方ができます。市内で軽く触れるだけでも、一日かけてじっくり体験するのでも、どちらでも成立するのが、ベトナムのチョコレートの間口の広いところだと思います。

誰に、何を選ぶか、という点も少し考えておくと、土産選びが楽になります。チョコレートに詳しい人や、お酒やコーヒーが好きな大人に渡すなら、産地違いの板チョコを組み合わせた食べ比べのセットが喜ばれます。相手が自分で味の違いを見つける楽しみを、贈れるからです。逆に、あまりチョコレートにこだわりのない相手や、大勢に配る場合は、少し甘めで食べやすいものや、個包装のタイプが無難です。職場へのばらまき用と、特に世話になった人への一枚とを、分けて選ぶのが現実的だと思います。専門店のスタッフに「誰に渡すか」を伝えれば、たいてい合ったものを提案してくれます。

お土産としての実用的な話もしておきます。板チョコは、バインミーのパンや生鮮の食材と違って、日持ちがして持ち運びやすいのが利点です。ただ、チョコレートなので熱には弱い。ベトナムの日中の暑さの中に長く置くと、溶けたり、表面が白くなったりします。持ち歩くときは涼しい場所で保管し、帰国の直前に買うか、ホテルの冷蔵庫で保管するのが安全です。飛行機では、預け荷物より、機内持ち込みの手荷物に入れておくほうが、温度変化が少なくて安心だと思います。価格は、板チョコ一枚でおおむね数百円から。バインミーの何倍もしますが、「特別なお土産」と考えれば、そこまで高いものではないと思います。渡した相手が、産地の話や創業の物語まで一緒に楽しめる。そういう「話のタネ」までついてくるお土産は、そう多くありません。

第7章 ベトナムの「お土産問題」と、チョコレートがもたらしたもの

最後の章では、旅行の仕事に長く関わってきた立場から、専門的な話からは少し離れて、個人的に感じてきたことを書かせてください。

冒頭でも触れましたが、私はずっと、ベトナムの「お土産問題」に、地味な悩みを抱えてきました。

日本から来た旅行者を案内していると、旅の終わりに必ず出てくるのが「何を買って帰ればいいか」という質問です。会社の同僚に、家族に、友人に。ベトナムに行ってきた証として、何か手渡したい。その気持ちはよくわかります。ところが、これに自信を持って答えるのが、長いあいだ難しかったのです。

お土産の定番!ホーチミンのおすすめチョコレート4選
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高品質で知られるベトナムのカカオ。近年そのカカオを用いたチョコレートを製造するチョコレートブランドがベトナムで増えてきています。その中からホーチミン1区中心にある、おすすめ4ブランドを紹介します。 その1:Pheva Chocola...

もちろん、ベトナムにお土産がなかったわけではありません。コーヒー、ドライフルーツ、カシューナッツ、蓮茶、アオザイやバッチャン焼きといった雑貨。定番はいくつもあります。ただ、「御当地スイーツ」となると、少し話が別でした。その土地でしか買えなくて、日持ちがして、見た目も上品で、味も間違いない。そういうスイーツの引き出しが、どうにも少なかった。ベンタイン市場をお客さんと歩いていても、「これぞベトナムの定番スイーツ」と胸を張って言える一品が、なかなか見つかりませんでした。

そのすき間を、ベトナム産のチョコレートが埋め始めています。これは、旅行の仕事をしている人間として、素直にうれしい変化です。お客さんにベンタイン市場やドンコイ通りを案内しながら、「日本へのお土産なら、ベトナム産のチョコレートという手もありますよ」と、自信を持って言えるようになった。それだけでも、長年の小さな悩みが、ひとつ軽くなった気がします。

考えてみると、チョコレートは、お土産スイーツとしての条件を、わりとよく満たしています。日持ちがして、暑ささえ避ければ常温で持ち運べる。板チョコはかさばらず、荷物にも入れやすい。パッケージが整っていて、贈り物としての格好がつく。味は世界のコンテストで評価されたもので、しかも産地違いを食べ比べるという「体験」まで渡せる。そして、「これはベトナムのカカオから、ベトナムでつくられたチョコレートですよ」という物語がある。この物語が、お土産に説得力を与えてくれます。

もうひとつ、ベトナムのチョコレートは、この国のイメージを少しだけ広げてくれるように思います。ベトナムというと、安くて美味しいローカルフードや、活気のある街を思い浮かべる人が多いはずです。それはこの国の大切な魅力です。そこに「上質なチョコレートを生み出す国」という一面が加わると、ベトナムという国の奥行きが、少し深くなる。安さや量ではなく、質と物語で勝負するものが、この国から生まれている。それを一枚の板チョコで伝えられるのは、なかなか良いことだと思います。

お土産を渡すというのは、ただモノを渡すこと以上の意味があると、旅行の仕事をしていて感じます。渡す相手に、その土地の話を少しだけ伝える。それがお土産の役割のひとつです。その点で、ベトナムのチョコレートは、話のきっかけをたくさん持っています。産地ごとに味が違うこと、100年前に一度あきらめられたカカオが戻ってきたこと、外から来た人がその価値に気づいたこと。板チョコを一枚渡しながら、そんな話をひとつ添えるだけで、ベトナムという国が、相手の中で少しだけ立体的になる。そういう贈り物ができるようになったことを、私はうれしく思っています。

以前このメディアで書いたメコンデルタツアーの記事で、私は「変わらないものの価値」について考えました。街が発展したからこそ、変わらないメコンの風景が、新しい意味を持った、という話でした。ベトナムのチョコレートは、その反対側を照らしているように思います。こちらは「新しく生まれたものの価値」です。この国が発展し、成熟していく中で、これまでなかった種類の産業と商品が育ってきた。100年前にあきらめられたカカオが、新しい形で戻ってきた。変わらないメコンと、新しく生まれたチョコレート。その両方が同時にあるところに、今のベトナムの面白さがある気がします。旅行の組み立てとしても、メコンデルタツアーで「変わらないベトナム」に触れ、街なかのチョコレート専門店で「新しいベトナム」に触れる。その両方を味わってもらえたら、この国の幅が、より立体的に伝わるはずです。

旅の楽しみのかなりの部分は、「その土地でしか手に入らないものに出会うこと」にあると思います。世界中の都市が似た顔つきになっていく中で、旅先ならではの発見は、年々貴重になっています。その点で、ベトナムのチョコレートは、「ここでしか出会えないもの」のひとつです。ベトナムの土地で育ったカカオを、ベトナムで製品にし、ベトナムの模様で包む。原料から仕上げまで、この国のものです。だからこそ、お土産として手渡したときに、説得力が生まれます。旅行者が本当に喜ぶのは、有名だから買うものではなく、「これはこの国でしか出会えなかった」と思えるものなのだと、案内を続けてきて感じています。

課題がないわけではありません。第2章で書いたように、カカオを育てる農家は減ってきているそうです。良いカカオを安定して確保できるかどうかは、ベトナムのチョコレートの先行きを左右する、小さくない問題のようです。だからこそ、私たち消費者や旅行者が、こうしたチョコレートを選び、買い、味わうこと自体が、間接的にこの産業を支えることにつながるのだろうと思います。一枚の板チョコの向こうには、メコンの畑と、それを育てる農家と、それをチョコレートに変えるつくり手がいる。そのつながりを思い浮かべながら味わうと、同じ一枚が、少し違って感じられるかもしれません。

旅行者にできることは、そう大きなことではないかもしれません。旅の途中で一枚買って帰る。工場見学に立ち寄ってみる。お土産に選んで、誰かに渡してみる。それくらいのことです。でも、そういう小さな関わりの積み重ねが、この若い産業を、少しずつ後押しすることになるのだと思います。私自身、ドンタップで温かいココアを飲んだあの日から、ベトナムのカカオのことが、なんとなく気になり続けてきました。旅先での小さな出会いが、その土地への興味を長く残してくれる。ベトナムのチョコレートは、旅行者にとって、そういうきっかけにもなり得るものだと思います。

エピローグ ―― あの一杯のココアから

この記事を最後まで読んでくださった方に、ひとつだけお伝えしたいことがあります。

ベトナムのチョコレートは、まだ歴史の浅い、若い産業のようです。100年以上前に一度あきらめられたカカオが、この十数年で、少しずつ形になってきました。私はその変化を、ホーチミンに住みながら、旅行の仕事をしながら、なんとなく眺めてきました。ドンタップの小さな工場で温かいココアを飲んだあの日や、初めてMarouの板チョコを買ったあの日から、ずいぶん時間が経ったのだな、と思います。

甘いだけではない、苦みと酸味のあるチョコレート。ベトナムの模様をまとった一枚。産地ごとに味が違い、食べ比べる楽しみがある。畑を訪ね、つくる工程を見て、温かいカカオを味わえる体験。そして、旅の終わりに誰かへ手渡せる、物語のあるお土産。ベトナムのチョコレートは、そのどれもを、少しずつ備えてきているように思います。

ホーチミンに来たら、ぜひ一枚、手に取ってみてください。できれば、冷やしすぎず、常温に戻して、ひとかけらを舌の上でゆっくり溶かしてみてください。最初に苦みが来て、そのあと果実味と香りが続く、あの味わいを、確かめてもらえたらと思います。その一口の背景には、一度あきらめられ、新しい世代の手で戻ってきたカカオの歴史があります。それを少し知って味わうと、同じ一かけらが、違って感じられるかもしれません。

もし気に入ったら、産地の違う板チョコを何枚か買って帰ってください。渡す相手に、これはベトナムのカカオでつくられたチョコレートなんですよ、とひとこと添えて。きっと、ただのお菓子を渡す以上の会話が、その一枚から自然と生まれるはずです。

150円のバインミーと、数百円の一枚の板チョコ。値段はずいぶん違いますが、どちらも同じベトナムの土地から生まれた、この国らしい一品です。屋台のパンと、落ち着いた雰囲気の板チョコが、同じ国の中に並んでいる。定番のメコンデルタツアーで「変わらないベトナム」に触れ、街なかのチョコレート専門店で「新しいベトナム」に触れる。その両方を行き来してもらえたら、この国の幅が、より立体的に伝わるはずです。次にホーチミンを訪れるときは、その両方を、ぜひご自身の舌で確かめてみてください。

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この記事を書いた人

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スギモト - 編集部

ホーチミン在住14年くらいになりますが、毎日ベトナムが楽しいです。
- ホーチミンで観光/旅行業22年
- 旅行本「ベトナム ホーチミン・ハノイ・ダナン・ホイアン ランキング&お得な旅テク!」のおすすめ在住者
- FM大阪 iDoBuddy にホーチミンのガイドとして出演

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