ホーチミンに住んで14年ほどになります。
その間、日本から来る知人や、仕事で知り合った人から、何度同じ質問をされたかわかりません。
「ホーチミンって、何をすればいいの?」
そして、私が何かを答える前に、たいていこう続きます。
「やっぱりメコン川のツアーって行ったほうがいいのかな?」
不思議なことに、この光景は14年前からほとんど変わっていません。
つい先日も、出張でホーチミンに来た日本の知人から、まったく同じことを聞かれたばかりです。彼はスマホで事前にいろいろ調べてきたようで、おしゃれなカフェのリストや、評判のレストランの名前をいくつも挙げていました。それだけ下調べをしておきながら、最後にぽつりと「で、メコン川のやつは、やっぱり行っといたほうがいいんだよね?」と聞いてくる。情報があふれている今でも、この質問の形は、まったく変わっていないのです。
街は驚くほど変わったのに、「ホーチミンといえばメコンデルタツアー」という認識だけは、ずっとそこにあり続けています。
旅行のトレンドは移り変わるのが普通です。一世を風靡したスポットが数年で忘れられたり、SNSで突然バズった場所に人が殺到して、また潮が引くように消えていったり。そういう浮き沈みを、私はこの街でずっと見てきました。
それなのに、メコンデルタツアーだけは、30年以上も「ホーチミンの人気No.1ツアー」の座を譲っていません。
これは、よく考えるとかなり奇妙なことです。
この記事では、「なぜメコンデルタツアーは、これほど長く愛され続けているのか」という、当たり前すぎて誰もあまり問わない疑問について、ホーチミンに住む一人として、私なりに考えてみたいと思います。
「人気No.1なんだから、いいツアーに決まってるじゃないか」と言われれば、それまでです。でも、私はこういう「あまりにも当たり前すぎて、誰も理由を考えない物事」にこそ、面白い発見が隠れているような気がしてなりません。当たり前の風景を、いったん立ち止まって眺め直してみると、思いがけない仕組みが見えてくることがあるからです。
結論を先に少しだけ言ってしまうと、その理由は「ツアーの中身がずっと素晴らしいから」という単純な話ではない気がしています。
むしろ、**ツアーそのものはほとんど変わっていないのに、それが旅行者にとって持つ"意味"のほうが、時代とともに静かに移り変わってきた**——そのことが、長く愛される本当の理由なのではないか。
そんな仮説を、これから7つの章をかけて、ゆっくり追いかけていきます。
30年、ずっとNo.1という不思議
まず、「30年以上、人気No.1であり続けている」というのが、どれだけ普通ではないことか、という話から始めさせてください。
観光というのは、本来とても移ろいやすいものです。
たとえば、一時期あれほど話題になったカフェが、いつの間にか閑古鳥になっている。逆に、数年前まで誰も見向きもしなかった路地が、ある日突然「映えスポット」として行列ができる。ホーチミンに住んでいると、そういう人気の浮き沈みを、嫌というほど目にします。
人の興味は、本当に飽きやすいのです。
私がこの街で見てきただけでも、「これからはここが来る」と言われた場所が、いくつも浮かんでは消えていきました。一時期、外国人観光客であふれかえっていたエリアが、数年後に通ってみるとずいぶん静かになっていたり、逆に、昔は地元の人しかいなかった一角が、いつの間にか観光客の撮影スポットになっていたり。流行というのは、本当に水物だなと、その都度思わされます。
新しいものが出てくれば、古いものはすぐに「もう行った」「もう古い」と言われてしまう。観光地が長くトップであり続けるというのは、それだけで一種の奇跡のようなものだと、私は思っています。
それなのに、メコンデルタツアーはどうでしょう。
私がホーチミンに来た14年前、すでにメコンデルタツアーは「定番中の定番」でした。当時のガイドブックを開けば、必ずと言っていいほど見開きで紹介されていましたし、旅行会社のカウンターに並ぶパンフレットの一番目立つところには、たいていメコン川と手漕ぎボートの写真が載っていました。
そして14年経った今も、状況はほとんど変わっていません。
いや、私が来るよりさらに前、もう30年以上前から、メコンデルタツアーはずっと人気の上位にいたと聞きます。実際に長く現地で旅行業に関わっている人に話を聞いても、「メコンは昔からずっと一番」という答えが返ってきます。
以前、長くこの仕事をしているベトナム人の知り合いに、「新しいツアーをいろいろ作っても、結局いちばん予約が入るのは何?」と聞いたことがあります。彼は少し笑って、「やっぱりメコンだよ」と即答しました。新しい企画も、季節ごとの目玉も、いろいろ試してきたけれど、コンスタントに数字を出し続けるのは、いつだってメコンなのだ、と。その口ぶりには、誇らしさと、ほんの少しの諦めのようなものが混ざっていて、印象に残っています。
ここで、ふと立ち止まって考えてしまうのです。
なぜ、これだけ飽きられないのだろう、と。
普通に考えれば、30年も経てば「もうメコンは古い」「他にもっと面白いところがある」という声が出てきてもおかしくありません。実際、ホーチミン周辺には、この30年でいくつもの新しい観光資源が生まれました。それでもなお、メコンデルタツアーは王座から落ちない。
考えてみれば、30年というのは、本当に長い時間です。
30年前といえば、まだスマートフォンもなく、多くの人がガイドブック片手に旅をしていた時代です。インターネットで現地の口コミを調べることも、SNSで誰かの旅行写真を眺めることもできませんでした。情報の集め方も、旅のスタイルも、この30年でまるごと様変わりしました。それなのに、「ホーチミンといえばメコン」という一点だけは、まるで時が止まったかのように、ずっと変わらずに引き継がれてきた。技術も、社会も、旅のかたちも激変したのに、この定番だけは揺るがなかったのです。
これは「とりあえず有名だから、みんなが行くから」という慣性だけでは説明しきれない気がします。
もし中身が伴っていなければ、口コミの時代に30年も生き残れるはずがありません。今は誰もが正直なレビューを書き、星の数で評価する時代です。「期待外れだった」という声が積み重なれば、どんな定番だって少しずつ崩れていきます。
それでも崩れない、ということは——このツアーには、時代が変わっても色あせない「何か」があるということなのだと思います。
逆に言えば、これだけ長く支持されているという事実そのものが、何よりの証拠なのかもしれません。たまたま一年だけ流行ったのなら偶然で片づけられますが、30年です。一過性のブームでは、絶対にここまで続きません。これだけの年月、これだけ多くの旅行者を満足させ続けてきたという実績は、どんな宣伝文句よりも雄弁です。「定番」という言葉は、ときに「ありきたり」という否定的な響きを持ちますが、本来は「長い時間の検証に耐えてきたもの」への、最大級の敬意であるべきだと、私は思っています。
そして私は、その「何か」の正体は、ツアーそのものよりも、**ツアーを取り巻くホーチミンという街の変化のほうにある**のではないかと考えるようになりました。
その話に入る前に、まずは「そもそもメコンデルタツアーって何をするの?」という、いちばん基本的なところを確認しておきたいと思います。
そもそもメコンデルタツアーとは何なのか
「メコンデルタツアー」と一口に言っても、実は中身は会社によって少しずつ違います。ただ、長く定番とされてきた半日〜1日のツアーには、ある程度の「お決まりの流れ」のようなものがあります。
ホーチミン市内から車でおよそ1時間半から2時間。多くのツアーが向かうのは、ミトー(My Tho)やベンチェ(Ben Tre)と呼ばれるエリアです。
メコン川は、チベット高原に源を発し、いくつもの国を流れ下って、最後にベトナム南部で広大なデルタ地帯をつくりながら海へ注いでいきます。そのデルタの入り口にあたるのが、このあたり。茶色く濁った大きな川と、無数に枝分かれした水路、そして椰子の木が生い茂る、独特の風景が広がっています。
ツアーの定番の流れを、ざっとなぞってみます。
まず、大きな船に乗ってメコン川を渡ります。茶色い水面と、対岸に見える緑。この時点で、もう「ホーチミンの街中とはまるで違う世界に来た」という感覚があります。
メコン川の水は、きれいな青ではありません。上流から運ばれてきた大量の土を含んだ、たっぷりとした茶色です。けれど、その茶色こそが、この大河の豊かさの証でもあります。この水が運ぶ栄養が、デルタ地帯の肥沃な大地をつくり、ベトナムを世界有数の米どころにしてきた。船の上で川風に吹かれながら、その圧倒的な水の量を眺めていると、「ああ、自分は今、東南アジアの大動脈の上にいるのだな」という、ちょっとした実感が湧いてきます。川幅が広すぎて、対岸が遠くにかすんで見えるほどの場所もあります。日本の川のイメージで来ると、そのスケールにまず驚くはずです。
中州のような島に上陸すると、そこからはいくつかの"体験"が続きます。
ココナッツキャンディの製造を見学して、できたての温かいものを味わう。大きな鍋でぐつぐつと煮詰めたココナッツミルクと水あめを、職人さんが手際よく練り上げて、棒状に伸ばし、はさみのような道具で次々と切り分けていく。その一連の作業を、目の前で見せてくれます。できたては、まだほんのり温かくて、口に入れるとねっとりと溶けて、とろりと甘い。スーパーで売っている個包装のものとは、まるで別物の素朴な味です。原始的とも言える製法を、今もそのまま見せてくれるところに、なんとも言えない味わいがあります。
南国のフルーツを盛り合わせたお皿を前に、伝統音楽の生演奏を聴く。ドンカータイ(南部の伝統音楽)という、この地方ならではの音楽です。地元の人たちが、弦楽器をつまびきながら、独特の節回しで歌い上げる。正直に言えば、観光客向けの、ややこぢんまりとした演奏です。お世辞にもプロのコンサートのように洗練されているとは言えません。でも、その手作り感というか、生活のすぐ隣にある芸能、という感じが、妙に心に残ります。マンゴーやドラゴンフルーツ、パイナップルといった南国のフルーツをつまみながら、聞くともなしにその音色を聞いている時間は、思いのほか心地よいものです。
はちみつ茶をいただいたり、養蜂の様子を見たり、ニシキヘビを首に巻いて写真を撮ったり(これは好みが分かれますが)。
ちなみに、メコンデルタツアーには、こうした日帰りの定番コースのほかに、もう少し足を延ばすタイプもあります。カントー(Can Tho)まで行って一泊し、早朝の水上マーケットを見る、という1泊2日のコースです。夜明けの川に、野菜や果物を山積みにした舟が何十艘も集まってくる光景は、日帰りでは味わえない、もうひとつのメコンの魅力です。ただ、時間に余裕のない旅行者が多いこともあって、「ホーチミンの人気No.1ツアー」として広く認識されているのは、やはりミトーやベンチェへの日帰りコースのほうです。この記事でも、主にこの日帰りの定番ツアーを念頭に話を進めていきます。
そして、ツアーのハイライトとも言えるのが、手漕ぎの小さな舟(サンパン)での水路めぐりです。
椰子の葉が両側から覆いかぶさる細い水路を、ノンラー(ベトナムの三角帽子)をかぶった漕ぎ手の女性が、櫂一本でゆっくりと舟を進めていく。エンジン音はなく、聞こえるのは水を切る音と、鳥の声と、葉が風に揺れる音だけ。
この数十分が、多くの人にとって、メコンデルタツアーの一番の思い出になります。
私自身、これまで何度、この水路を案内したかわかりません。それでも、舟がすっと水路に入って、街の喧騒が嘘のように遠のいて、急にあたりが静かになる、あの瞬間だけは、何度経験しても少し背筋が伸びるような感覚があります。一緒に乗っている人が、それまでずっとおしゃべりしていたのに、水路に入った途端、ふっと黙り込んでしまうことがよくあります。誰かに「静かにしてください」と言われたわけでもないのに、自然と口を閉じて、ただその風景に見入ってしまう。そういう"間"を持っている場所は、実はそう多くありません。
漕ぎ手の女性は、たいてい無口です。流暢な観光案内をしてくれるわけでもなく、ただ黙々と櫂を動かしている。でも、その淡々とした感じが、かえって良いのです。過剰に演出されていない、生活の延長線上にあるような素朴さ。それが、この水路めぐりの一番の魅力だと、私は思っています。
文章にしてみると、正直、ひとつひとつは「すごく派手なアトラクション」というわけではありません。
絶叫マシンがあるわけでも、息をのむような絶景があるわけでもない。どちらかといえば、地味で、素朴で、のんびりした体験の連続です。
それなのに、なぜか満足度が高い。
「メコン、行ってよかった」という感想を、私は本当に何度も聞いてきました。
面白いのは、感想を聞いたときに、多くの人が真っ先に挙げるのが、ココナッツキャンディでもニシキヘビでもなく、たいてい「あの手漕ぎの舟」だということです。スケジュールの中ではほんの一部にすぎない、わずか数十分の体験。それが、一日の中で一番記憶に残る。これも、よく考えると不思議な話です。豪華な食事でも、珍しいアトラクションでもなく、ただ静かに舟に揺られただけの時間が、なぜか一番心に残る。
この「派手ではないのに、満足度が高い」というギャップこそが、実はこのツアーの本質を考えるうえで、とても大事なヒントになる気がしています。
一日の流れを振り返ってみると、メコンデルタツアーは、決して詰め込みすぎていません。大きな船で川を渡り、島に上陸して、いくつかの体験をして、舟に揺られて、昼食をとって、また街へ帰る。慌ただしく次から次へとスポットを回るのではなく、ゆったりとした時間の流れの中で、ベトナム南部の暮らしの空気に、まるごと浸るような構成になっています。この「のんびりした全体のリズム」も、忙しい日常から離れて旅に来た人にとっては、心地よく感じられる要素なのだと思います。
では、その満足はどこから来ているのか。
それを考えるために、まずは時計の針を、ぐっと過去に戻してみたいと思います。
昔の正解は「ホーチミンには、することがなかった」
少し正直な話をします。
おそらく15年、20年前のホーチミンにおいて、メコンデルタツアーがあれほど人気だった理由の半分くらいは、ある意味で消去法的なものだったのではないか、と私は思っています。
つまり——当時のホーチミンには、市内だけで何日も楽しめるほどの"目的地"が、まだそれほど多くなかったのです。
これは、ホーチミンという街を悪く言いたいわけではありません。むしろ私はこの街が大好きですし、当時の素朴さには素朴さの良さがありました。ただ、観光地としての「コンテンツの量」という意味では、今とはずいぶん違っていた、という話です。
私が初めてこの街に来た頃のことを思い出します。街にはまだ高い建物が少なくて、空が広く見えました。夕方になると、家々の前に小さなプラスチックの椅子が並べられて、人々がそこに座って通りを眺めながらお茶を飲んでいる。バイクの数は今と変わらず多かったけれど、街全体に、どこか間延びした、のんびりした空気が流れていました。観光客向けの洗練された施設は、正直まだそれほど多くなくて、夜になると、行くところといえば限られた繁華街くらいのものでした。あの頃の素朴なホーチミンも、私はとても好きでした。ただ、「何日も滞在して飽きずに楽しめる街か」と聞かれると、今とはまったく事情が違っていたのです。
ホーチミンの主要な観光スポットを思い浮かべてみてください。
統一会堂、戦争証跡博物館、聖母マリア教会(サイゴン大教会)、中央郵便局、ベンタイン市場。このあたりが、いわゆる定番です。
これらは確かに見応えがありますが、実は地理的にかなりコンパクトな範囲に集まっています。歩いて回れてしまうくらいの距離感です。
つまり、頑張れば1日、ゆっくり回っても1日半あれば、市内の主要スポットは一通り見終わってしまう。
そうなると、「2泊3日、3泊4日で来たけれど、2日目以降、何をしよう?」という空白が生まれます。
実際、当時ホーチミンに遊びに来た友人を案内していると、初日に主要なスポットをひと通り回ったあと、2日目の朝に「で、今日はどうする?」と顔を見合わせる、ということがよくありました。市内でできることは、もうだいたいやってしまった。かといって、ただホテルでだらだら過ごすのももったいない。そんなとき、メコンデルタツアーは、本当にちょうどよい選択肢だったのです。
その空白を、きれいに埋めてくれたのが、メコンデルタツアーでした。
朝出発して夕方に戻ってくる、ちょうど1日。市内とはまったく違う景色が見られて、ベトナムらしい体験もできる。「2日目はメコン」というのは、当時の旅程の組み方として、ほとんど"正解"だったのです。
しかも、この距離感が絶妙でした。ホーチミンから片道1時間半から2時間というのは、日帰りでちょうど無理のない範囲です。これがもし片道4時間も5時間もかかる場所だったら、1日では収まらず、定番にはなりにくかったでしょう。逆に、近すぎても「わざわざ郊外に出た」という非日常感が薄れてしまう。ミトーやベンチェは、「都会から十分に離れていて、別世界に来た感じがするのに、日帰りで無理なく戻れる」という、観光地としてこの上なく好都合な位置にありました。地理的な条件まで、メコンデルタツアーに味方していたのです。
旅行会社にとっても、これは理にかなった商品でした。市内観光だけでは旅行者の滞在日数を埋めきれない。そこに、半日〜1日でちょうどよく収まり、しかも「ベトナムに来た感」をしっかり提供できるメコンツアーがある。需要と供給が、きれいに噛み合っていたわけです。
しかも当時は、個人で郊外まで足を延ばすのは、今よりずっと大変なことでした。配車アプリもなく、現地の交通事情も今ほど整っていない。言葉の壁もある中で、自力でミトーまで行って、舟をチャーターして……というのは、よほどの旅慣れた人でなければ難しかった。だからこそ、すべてがパッケージになったツアーに申し込むのが、いちばん確実で安心な方法だったのです。「個人では行きにくいけれど、ツアーなら手軽に行ける」という点も、メコンデルタツアーが定番として定着した、大きな理由のひとつだったと思います。
だから、当時の「なぜメコンが人気なのか」という問いへの答えは、わりとシンプルでした。
**「ホーチミン市内だけでは、間が持たなかったから」**
少し身も蓋もない言い方になりますが、これがかつての実情に近かったと、私は思っています。
メコンデルタツアーは、いわば「することがない時間の、受け皿」だったのです。
——もし話がここで終わるなら、それは「昔は他に選択肢がなかったから人気だった」というだけの、退屈な結論になってしまいます。
でも、現実はそうなりませんでした。
ここからが、この記事で一番お伝えしたいところです。
ホーチミンという街は、この10年ほどで、まったく別の街と言っていいほど変わりました。「することがない街」では、もうまったくなくなったのです。
それなら、受け皿だったはずのメコンツアーは、役目を終えて人気を落とすはずでした。
ところが、そうはならなかった。
なぜか。その鍵は、変わってしまった「街のほう」にあります。
いま、ホーチミンは「面白い街」になった
ここ10年ほどのホーチミンの変わりようは、長く住んでいる私から見ても、本当に驚くべきものがあります。
まず、街の見た目が一変しました。
かつては低層の建物が中心だった街並みに、次々と高層ビルが建ちました。今では、地上の高いところから街を見下ろせるルーフトップバーがいくつもあって、夜になればきらびやかな夜景を眺めながら一杯やれる。15年前のホーチミンを知っている人からすれば、ちょっと信じられない光景だと思います。
夜の街の表情も、すっかり変わりました。かつては日が暮れると、明かりの灯る場所も限られていて、街全体が早めに眠りについていくような雰囲気がありました。それが今では、夜遅くまでネオンがきらめき、人々が思い思いに夜を楽しんでいます。同じ街とは思えないほどの変化です。
カフェ文化も、すさまじく成熟しました。
もともとベトナムはコーヒーの一大生産国で、街のあちこちにカフェがありました。でも、昔の「プラスチックの低い椅子に座って、練乳たっぷりのコーヒーをすする」というスタイルから、今は世界のどの都市に出しても恥ずかしくない、洗練された内装のカフェがいくらでもあります。古い建物をまるごとリノベーションした「カフェアパート」のような、独特の文化も生まれました。
交通インフラも、少しずつ整いつつあります。長らく「建設中」が続いていた都市鉄道がついに走り始め、街の風景にまた新しい要素が加わりました。配車アプリを使えば、スマホひとつでバイクタクシーも車も呼べるようになり、言葉が通じなくても、行き先を伝えてぼったくられる心配をすることもなくなりました。かつて旅行者を悩ませた「移動のハードル」が、この10年で驚くほど下がったのです。
食の選択肢も爆発的に増えました。
ローカルなベトナム料理はもちろん、各国の本格的なレストラン、おしゃれなビストロ、こだわりのスイーツ店。グルメだけで何日でも過ごせてしまうほどです。深夜まで賑わうバー街もあれば、静かに音楽を楽しめる隠れ家のような店もある。夜の過ごし方ひとつとっても、選択肢は昔とは比べものになりません。
ショッピングも、巨大なモールが何か所もできて、ブランド品から地元デザイナーの雑貨まで、なんでも揃います。スパやマッサージのレベルも上がり、その日の疲れを贅沢に癒せる店が選びきれないほどあります。
正直なところ、これだけの変化を、住んでいる私ですら、リアルタイムでは追いきれていないほどです。少し前まで空き地だったところに、気づけば真新しいビルが建っている。数か月行かなかったエリアに久しぶりに足を運ぶと、知らないカフェやレストランがいくつも増えている。「この街は、いつまで成長し続けるんだろう」と、半ば呆れるような気持ちで眺めることもよくあります。
街全体が、明らかに「滞在して楽しい街」になったのです。
正直に言えば、今のホーチミンは、「2日目以降、何をしよう?」と困るような街では、もうまったくありません。
カフェ巡りをして、ルーフトップで夜景を見て、市場で買い物をして、スパで癒されて……それだけで、3日や4日はあっという間に過ぎてしまいます。
第3章で書いた「することがない時間の受け皿」という、メコンデルタツアーの古い役割は、この街の発展によって、本来であれば必要なくなったはずなのです。
論理的に考えれば、こうなります。
街が面白くなった → 市内だけで滞在日数が埋まる → わざわざ片道2時間かけて郊外に出る必要がなくなる → メコンツアーの人気は下がる。
これが自然な流れのはずでした。
ところが、現実にはそうならなかった。
むしろメコンデルタツアーは、街がこれだけ発展した今も、変わらず人気No.1の座にいます。
ここに、最大の謎があります。
普通のビジネスで考えれば、こういうことはなかなか起こりません。代わりになる魅力的な選択肢が次々と現れれば、古い商品はたいてい淘汰されていきます。市内にこれだけ楽しいことが増えたなら、わざわざ早起きして、片道2時間のバスに揺られて郊外まで行く理由は、年々薄れていくはずなのです。実際、私も内心では「さすがに、そろそろメコンの人気も落ち着くだろう」と何度か思いました。けれど、その予想は、いつも裏切られてきました。
なぜ、街が魅力的になったのに、わざわざ郊外に出るツアーの人気が落ちないのか。
私はこの問いを考えているうちに、ひとつの仮説にたどり着きました。
それは、**ホーチミンが「面白い街」になったまさにそのことが、逆にメコンデルタツアーの新しい価値を生み出した**——という、少し逆説的な考えです。
でも、それは「想像していたベトナム」ではない
発展したホーチミンは、間違いなく魅力的です。それは、これまで書いてきたとおりです。
でも、ここで少し、旅行者の気持ちになって考えてみたいのです。
日本から、あるいは他の国から、初めてベトナムに来る人は、来る前に「ベトナムってこんな感じかな」というイメージを、頭の中に持っているはずです。
そのイメージとは、どんなものでしょうか。
おそらく——ノンラーをかぶった人々。天秤棒を担いで物を売り歩く女性。屋台から立ちのぼる湯気。バイクの洪水。色とりどりのフルーツ。椰子の木。ゆったりと流れる茶色い大河。素朴で、人懐っこくて、どこか懐かしい、アジアの原風景のような何か。
ベトナムに来たことのない人が思い描く「ベトナムらしさ」は、だいたいこういうものではないかと思います。
このイメージは、どこから来るのでしょうか。
たぶん、映画やドキュメンタリー、旅行雑誌のグラビア、誰かのSNSに流れてきた一枚の写真。そういうものが、長い時間をかけて少しずつ積み重なって、私たちの頭の中に「ベトナムとは、こういう国だ」という像をつくり上げています。そしてその像は、たいてい、最新の高層ビル群ではなく、もっと牧歌的で、もっと素朴な、緑と水と人の暮らしが溶け合ったような風景です。ノンラーと、天秤棒と、椰子の木と、ゆったり流れる大河。それが、多くの人にとっての「ベトナムの原風景」になっています。
実際のベトナムは、もちろんそれだけではありません。猛烈なスピードで近代化を進める、活気あふれる新興国の顔も持っています。でも、来る前に抱いていたイメージというのは、なかなか簡単には書き換わらないものです。だからこそ、現地に着いて、想像していた風景となかなか出会えないと、心のどこかが少しだけ落ち着かないのだと思います。
ところが、実際に今のホーチミンに降り立つと、その風景は、想像とは少し違っています。
空港を出れば近代的な高速道路が走り、街には高層ビルが立ち並び、洗練されたカフェにはおしゃれな若者たちがノートパソコンを広げている。コンビニがあって、巨大モールがあって、夜景がきらめいている。
もちろん、それはそれで素晴らしい。発展は、その国に暮らす人々にとって、何より喜ばしいことです。私もこの街の発展を、住人の一人として誇らしく思っています。
でも、旅行者の心の奥には、ほんの少しだけ、こんな気持ちが残ることがあるのではないでしょうか。
「思っていたより、都会だな」
「自分が見たかったベトナムは、もう少し違う感じだった気がする」
以前、何年かぶりにホーチミンを再訪した人を案内したとき、その人が街を見渡して、半ば感心、半ば苦笑いのような表情でこう言ったのを覚えています。「すごいねえ。これじゃあ、もうそのへんの大都市と変わらないね」。前に来たときの、もっと雑然として、もっとアジアらしかったホーチミンを知っているからこその言葉でした。発展を喜びながらも、心のどこかで、見慣れた風景が消えていくことへの、ほんの少しの寂しさがにじんでいたように思います。
これは、決して「がっかりした」という意味ではありません。
実際、案内した知人が、市内をひと回りしたあとに、ぽつりとこう漏らしたことがあります。「なんか、思ってたより都会だね。もっとこう、アジアっぽい感じを想像してた」。彼は決して不満そうではなく、むしろ街の発展に感心している様子でした。それでも、心のどこかに、来る前に思い描いていた風景との小さなズレを感じている。その言葉に、私はなるほどと思わされました。彼が見たかったのは、ピカピカのビルやおしゃれなカフェだけではなかったのです。
ただ、来る前に思い描いていた「あのベトナム」と、目の前にある「実際のベトナム」との間に、わずかなズレがある。そのズレを、無意識のうちに感じている旅行者は、案外多いのではないかと、私は思うのです。
世界中の大都市が、だんだん似たような顔つきになっていく、という話があります。どこに行っても同じようなチェーン店があり、似たような高層ビルがあり、似たようなショッピングモールがある。便利で快適だけれど、「その土地でしか味わえない何か」は、都市が発展するほど、少しずつ薄まっていく。
これは、その国が悪いわけでも、発展が間違っているわけでもありません。むしろ、世界中の便利なものを取り入れて、人々の暮らしが豊かになっていくのは、本来とても良いことです。ただ、旅行者という立場から見ると、「どこに行っても似たような景色」というのは、少しだけ物足りなく感じられてしまう。便利さと引き換えに、旅先ならではの驚きや異国情緒が、ほんの少しずつ目減りしていく。これは、現代の旅が抱える、ちょっとした切なさのようなものかもしれません。
私自身、いろいろな国を旅してきて、これは強く感じることです。久しぶりに訪れた大都市が、前に来たときよりずっと垢抜けていて、けれどその分、どこか「自分の知っているあの街」ではなくなっている。便利で清潔で快適になった一方で、その土地の匂いのようなものが、少し薄まっている。発展というのは、ありがたいことであると同時に、こうした"らしさ"の摩耗と、いつも背中合わせなのかもしれません。
発展した今のホーチミンにも、その傾向が、まったくないとは言えません。
つまり、こういうことです。
かつてのホーチミンは「することがない」街でした。だから人々はメコンへ行きました。
今のホーチミンは「することがありすぎる」街です。でも、その「すること」の多くは、洗練されていて、都会的で——旅行者が来る前に思い描いていた、あの素朴な「ベトナムらしさ」とは、少しずつ離れていっている。
ここに、新しい"空白"が生まれているのです。
それは「時間の空白」ではなく、**「イメージの空白」**とでも呼ぶべきものです。
頭の中にあった「自分が会いたかったベトナム」に、発展した都会の中では、なかなか出会えない。
少し皮肉な言い方をすれば、ホーチミンが「世界のどこにでもあるような、便利で快適な都会」に近づいていけばいくほど、旅行者の中で「もっとこの国らしいものが見たい」という渇きは、かえって強くなっていく、とも言えます。発展は、その渇きを満たすどころか、むしろ生み出してしまう。これは、世界中の急成長する観光都市が、多かれ少なかれ抱えているジレンマなのかもしれません。
その空白を、今度は何が埋めてくれるのか。
そう、メコンデルタツアーです。
メコンで、「想像していたベトナム」に会える
手漕ぎの舟に揺られて、椰子の葉が覆う細い水路を進んでいく。
ノンラーをかぶった女性が、無言で櫂をあやつる。
エンジン音はなく、聞こえるのは水の音と、鳥の声だけ。
茶色く濁った大きな川。中州に広がる緑。素朴なココナッツキャンディ。お世辞にも上手とは言えない、けれど心のこもった伝統音楽の演奏。
——これらはすべて、来る前に旅行者が頭の中で思い描いていた、あの「ベトナムらしさ」そのものです。
ここに、メコンデルタツアーの新しい価値があると、私は考えています。
発展したホーチミン市内では、もう簡単には出会えなくなった「想像していたベトナム」。
それが、メコンへ来ると、まだちゃんと残っている。
第2章で、「ひとつひとつの体験は派手ではないのに、なぜか満足度が高い」という話を書きました。その理由が、ここでつながります。
舟下りや、ココナッツキャンディや、伝統音楽が、単体ですごいから満足するのではないのです。
それらが、旅行者の心の中にあった「自分が会いたかったベトナム」のイメージと、ぴたりと重なるから満足するのです。
考えてみれば、これは旅に限った話ではないのかもしれません。ずっと聴きたかった曲を生で聴けたとき、本で読んだ景色を実際にこの目で見たとき、写真でしか知らなかった料理を本場で味わったとき——人は「想像が、現実になった」その瞬間に、特別な喜びを感じます。頭の中にあったイメージと、目の前の現実が、すっと一本の線でつながる感覚。あの満足は、何ものにも代えがたいものです。メコンデルタツアーは、まさにその「イメージと現実が重なる瞬間」を、確実に届けてくれる場所なのだと思います。
人は、まったく予想もしていなかったものに感動することもありますが、それと同じくらい、「思い描いていたものに、ちゃんと出会えた」ときにも、深く満たされます。むしろ、初めての海外旅行のように、少なからず不安を抱えてやってくる人にとっては、後者の「ああ、やっぱりこうだった」という安心をともなう満足のほうが、心に深く残ることも多いのではないでしょうか。
メコンデルタツアーが旅行者に与えているのは、後者の満足なのではないか。
「ああ、これこれ。私が見たかったベトナムは、これだったんだ」
そういう、答え合わせのような安心感と充足感。
前の章で「思ったより都会だね」と漏らした、あの知人のことを思い出します。彼を翌日メコンに連れて行ったとき、舟が水路に入ったところで、彼は本当に嬉しそうな顔をしていました。スマホで何枚も写真を撮って、「うわ、すごい。これだよ、こういうのが見たかったんだ」と、子どものようにはしゃいでいる。前日に市内で見せた、少しだけ物足りなそうな表情とは、まるで別人でした。あのとき私は、メコンデルタツアーが今も果たしている役割を、はっきりと目の前で見た気がしました。彼の中にあった「会いたかったベトナム」が、ようやくそこで満たされたのです。
帰国してしばらく経ってから、その知人が連絡をくれました。ホーチミンでの思い出話の中で、彼が真っ先に挙げたのは、やはりあのメコンの舟下りでした。あれだけ街のカフェやレストランを楽しんだはずなのに、一番心に残ったのは、椰子の葉の下を静かに進んだ、あの数十分だったのです。私はその話を聞きながら、やっぱりそうか、と妙に納得していました。発展した街の記憶は、便利で楽しいぶん、どこか他の都市の記憶と混ざりやすい。でも、あのメコンの風景は、まぎれもなく「ベトナムでしか味わえなかったもの」として、くっきりと残るのだと思います。
それは、ルーフトップバーの夜景でも、洗練されたカフェでも、巨大モールでも、決して埋めることのできない種類の満足です。
それに、もうひとつ。メコンデルタツアーには、現代の旅行者にとって、昔にはなかった新しい価値も加わっているように思います。
それは、「何もしない時間」「スマホから少し離れる時間」の心地よさです。
今の旅行は、どこへ行っても写真を撮り、その場でSNSに上げ、地図アプリで次の場所を調べ、レビューを読んで店を選ぶ——というふうに、常に何かと接続されています。便利ですが、ある意味では、ずっと忙しい。せっかくの旅先でも、頭のどこかが情報処理に追われている感覚があります。
ところが、あの手漕ぎの舟の上では、それが自然と止まります。電波が悪いこともありますし、何より、目の前の風景があまりに静かで、スマホをいじるのが野暮に思えてくる。エンジン音のしない舟に揺られて、ただ水路を眺めるだけの数十分。何もしていないようでいて、心がほどけていく。現代人にとって、こういう「強制的に何もしなくなる時間」は、実はとても贅沢なものなのかもしれません。
街がどれだけ便利になっても、いや、便利になればなるほど、こういう「接続を切れる時間」の価値は、むしろ高まっていく気がします。メコンデルタツアーは、知らず知らずのうちに、その役割まで引き受けているのかもしれません。
それから、もうひとつ忘れてはいけないのが、現地で出会う人たちの存在です。
「想像していたベトナム」というのは、風景だけの話ではありません。素朴で、人懐っこくて、どこか温かい——そういう「人」のイメージも、その中に含まれているはずです。
メコンの島では、漕ぎ手の女性や、ココナッツキャンディの職人さん、フルーツを切り分けてくれる人たちと、ほんの短い時間ですが、距離の近い触れ合いがあります。言葉はほとんど通じません。それでも、目が合えば笑い、身振り手振りで何かを伝え合う。洗練された接客とは違う、生活のすぐ隣にあるような、飾らないやり取りです。
発展した街中の、きちんとマニュアル化されたサービスも快適ですが、こうした素朴な触れ合いは、また別の温かさを残してくれます。旅行者が心のどこかで「会いたかった」のは、もしかすると、こういうベトナムの人たちの素顔のほうなのかもしれません。それもまた、メコンが今も静かに提供し続けているものだと思います。
ここで、第3章と見比べてみると、面白いことに気づきます。
かつてのメコンデルタツアーは、「市内ですることがない時間」を埋める受け皿でした。
今のメコンデルタツアーは、「都会では出会えなくなった、想像のベトナム」を埋める受け皿になっています。
埋めているものが、まったく違うのです。
時間の空白から、イメージの空白へ。
少し整理してみます。かつての旅行者は、市内を回り終えたあと「やることがない」という"時間"の余白を抱えていました。今の旅行者は、市内で十分に楽しめてしまうけれど、その代わりに「思い描いていたベトナムに会えていない」という"イメージ"の余白を抱えています。困りごとの中身は、30年前とはまるで違う。それなのに、その両方を、まったく同じツアーが解決してしまっているのです。
ツアーの中身——舟、椰子、川、音楽——は、30年前からほとんど変わっていません。変わったのは、それを取り巻くホーチミンという街のほうであり、その変化によって、同じツアーが持つ"意味"が、すっかり入れ替わったのです。
これこそが、メコンデルタツアーが30年以上も人気No.1であり続けられた、本当の理由なのではないか。
私は、そう考えています。
変わらなかったから生き残ったのではありません。
街が変わったことで、変わらないことの価値が、新しく生まれ直した。
そう言ったほうが、しっくりくる気がします。
そして、ここまで考えてくると、ひとつのことに気づきます。今のホーチミン旅行にとって理想的なのは、「都会か、メコンか」という二者択一ではなく、その両方を味わうことなのだ、ということです。
きらびやかに発展した街を満喫し、洗練されたカフェやルーフトップで「新しいベトナム」の活気を感じる。その一方で、一日だけ郊外に出て、椰子の葉の下を舟で進み、「変わらないベトナム」の素朴さに触れる。この二つを行き来することで初めて、今のベトナムという国の振れ幅の大きさが、立体的に見えてくるのだと思います。
発展した街があるからこそ、メコンの素朴さがより際立つ。メコンの素朴さを知るからこそ、街の発展の意味がより深く感じられる。両者は、対立するものではなく、互いを引き立て合う関係にあるのです。そう考えると、発展する街と、変わらないツアーが同時に人気であることは、矛盾ではなく、むしろ自然なことなのかもしれません。
役割を変えながら、生き残ってきた
ここまで、ずいぶん理屈っぽいことを書いてきました。
最後は、もう少しだけ、肩の力を抜いた話で締めくくりたいと思います。
正直に言えば、メコンデルタツアーは、もう「ベタな定番」です。
地元に長く住んでいる身からすると、「いまさらメコン?」という気持ちが、まったくないわけではありません。もっとマニアックで、もっと知る人ぞ知る場所だって、この国にはたくさんあります。
正直に告白すると、私自身、一時期は人にあまりメコンを勧めなくなっていた時期がありました。あまりにも定番で、観光客向けに整いすぎていて、「もっと他にいいところがあるのに」と思っていたのです。ベンチェの島も、年々観光地らしく整備されて、昔のような野趣が薄れていくのを、少し寂しく感じてもいました。
でも、何人もの旅行者を案内するうちに、考えが変わってきました。彼らが舟の上で見せる、あの心からの笑顔。「これが見たかった」という素直な言葉。それを何度も目にしているうちに、「定番には、定番であり続けるだけの理由があるのだ」と、素直に認めるようになったのです。通っぽく構えて穴場ばかり勧めるよりも、その人が本当に喜ぶものを差し出すほうが、ずっと大切なことなのだと、今は思っています。
それでも、私は今でも、初めてベトナムに来る人には、メコンデルタツアーをおすすめしてしまいます。
なぜでしょう。
たぶん、それが「外れない」からです。
長くこの街にいると、つい「もっとディープな体験を」「もっと人と違うものを」と、変化球ばかり勧めたくなります。でも、初めてベトナムに来る人にとって本当に大事なのは、奇をてらった体験よりも、「来てよかった」と心から思えること、そして「自分が会いたかったベトナムに、ちゃんと会えた」と感じられることなのだと思います。その一番確実な答えが、結局のところメコンデルタツアーなのです。何度勧めても、ほとんどの人が満足して帰ってくる。これは、長年案内してきた実感として、揺るぎなく言えることです。
派手ではない。けれど、ちゃんと「ベトナムに来た」という実感を持って帰ってもらえる。来る前に思い描いていた風景に、確実に出会える。手漕ぎの舟に揺られたあの数十分を、何年経っても覚えていてくれる人が、本当に多いのです。
旅の思い出というのは、不思議なものです。
あれだけ発展した華やかな街の記憶よりも、椰子の葉の下を静かに進んだ、あの素朴な舟下りのほうが、心に長く残ったりする。
それはきっと、人の心が、便利さや派手さよりも、「自分が思い描いていたものに、ちゃんと出会えた」という静かな満足を、より深く記憶するからなのかもしれません。
そして、これは私の勝手な想像ですが——あの舟の上で感じる静けさや、椰子の葉ごしに差し込む光や、漕ぎ手の女性の淡々とした櫂さばきは、おそらく30年前に来た旅行者が見たものと、ほとんど同じなのだと思います。街は変わり、旅行者も変わり、旅のスタイルも変わった。それでも、あの水路の上に流れている時間だけは、何十年も変わらずにそこにある。考えてみれば、それ自体がずいぶん贅沢なことです。変わり続ける世界の中で、変わらないものに身を浸せる場所というのは、年々、貴重になっていく気がします。
30年以上、ホーチミンの人気No.1であり続けてきたメコンデルタツアー。
その理由を、私はこの記事で「街の発展によって、ツアーの役割が静かに入れ替わってきたから」だと考えました。
することがない時間の受け皿から、都会では出会えなくなった「想像のベトナム」の受け皿へ。
同じ場所、同じ体験が、時代の変化に合わせて、求められる意味を変えながら生き残ってきた。
そう考えると、このベタな定番ツアーが、なんだか少し愛おしく見えてきます。
これからホーチミンも、まだまだ変わっていくでしょう。
街がさらに発展して、もっと便利に、もっと華やかになっていったとき、メコンデルタツアーは、またその時代に合わせて、新しい意味を帯びていくのかもしれません。
10年後、20年後のホーチミンが、どんな街になっているのか、私には想像もつきません。けれど、ひとつだけ言えるのは、どれだけ街が変わっても、あのメコンの茶色い大河と、椰子の葉の茂る水路は、おそらく今とそう変わらない姿で、そこにあり続けるだろうということです。そして、そのとき来る旅行者もまた、発展した街を楽しんだあとで、何かを探すように、あの川へと足を運ぶのだと思います。求めるものが、私たちの世代とはまた少し違っていたとしても。
変わり続ける街の隣で、変わらない舟が、ゆっくりと水路を進んでいく。
その対比そのものが、これからのホーチミン旅行の、ひとつの醍醐味になっていくんじゃないかな〜と、私は考えています。
もし、これからホーチミンに来る予定があるなら。
個人的なおすすめは、旅の前半で市内を思いきり楽しんで、後半に一日、メコンデルタツアーを入れることです。先に発展した街の華やかさを味わっておくと、メコンの素朴さが、いっそう深く心に沁みてきます。順番ひとつで、同じツアーの感じ方も少し変わってくる気がします。
そして、できれば、舟の上では、少しだけスマホを置いてみてください。写真は一枚撮れば十分です。あとは、ただ流れる風景と、水の音と、葉ずれの音に、身を委ねてみる。その数十分が、きっと、旅のいちばんの思い出になります。
きらびやかな街を存分に楽しんだうえで、ぜひ一日だけ、あの茶色い大河に会いに行ってみてください。
30年以上、変わらずに旅人を迎え続けてきたあの場所で、きっと、あなたが「会いたかったベトナム」が、静かに待っています。



