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ベトナム・ホーチミン “5万円のコース料理”
物価が日本の2分の1と言われるベトナム・ホーチミン。そんな街でいま、1人5万円以上の寿司を含めたコース料理があります。
キーワードは「Omakase(おまかせ)」です。もともとは日本の“職人を信頼して任せる”という意味で日本の文化ですが、この国ではその意味が少し変わっていると感じました。
海外と日本の「おまかせ」の傾向の違い
- コースの組み方:日本は当日の目利きや仕入れに応じた裁量が大きいのに対し、海外ではあらかじめ内容が決まった「固定テイスティングコース」を“OMAKASE”と呼ぶことが多いです。
- 体験の重心:日本は静謐さや職人技の流れを味わう傾向が強く、海外は演出・ストーリー・見せ方まで含めた“ショー体験”になりやすいです。
- 食材とスタイル:日本は和の季節感中心、海外は和の技法×現地食材のフュージョンが標準です。
- 予約・会計文化:日本は総額表示・チップ文化が薄めですが、海外は前金・キャンセル規定が厳格で、税・サービス・チップが別加算される場合が多いです。
- 対応の柔軟性:海外はアレルギーや嗜好の事前申告にかなり柔軟な一方、メニューの自由度は固定コースゆえに限定されることがあります。
筆者はホーチミン在住13年です。近年、街を歩くと「高級」「予約困難」という言葉を聞くことが増えました。中間層・富裕層を中心に“本物の日本食体験”を求める人が急増しているのを肌で感じています。
そんな中、「ベトナムで話題のおまかせがある」と誘われ、訪れたのがホーチミン1区のNORIBOI Omakase Japanese Restaurantでした。
画像:お茶の演出
カウンターの向こうにいたのは、20代のベトナム人板前
店に入ると、柔らかな照明の中にカウンターが浮かび上がっていました。そこに立っていたのは——まだ20代前半のベトナム人の板前でした。
正直、驚きました。「板前は日本人だろう」と、勝手に思い込んでいたからです。
日本の寿司職人の世界では、皿洗いから始まり、包丁を握るまで何年もかかります。そんな修行の文化を思い出しながら、“この若さでカウンターに立つ姿”に一瞬息をのみました。もし日本の寿司職人が見たら、きっと涙ぐむかもしれません——。その固定概念が古い人間と言われそうで怖いのですが。
「どこで修行されたんですか?」
「ハノイの日本食レストランで経験を積みました。今はホーチミンで板前として働いています」
その瞬間、私の中の“日本の常識”が少し音を立てて崩れた気がしました。寿司のカウンターに立つのは、もはや日本人だけではありません。Omakaseはアジアの若者が自らの誇りをかけて挑むステージになっていました。むしろ、シェフもカウンタースタッフもすべてベトナム人で構成されていました。
一皿ごとに変わる演出。サプライズの連続
一皿目から最後のデザートまで、すべてがサプライズの連続でした。金粉が舞い、トリュフの香りが立ち上り、照明や器が一品ごとに変化します。食事というより、まるでショーを観ているような感覚です。
日本の静かな“おまかせ”とはまったく違います。これは、“魅せるおまかせ”です
と感じました。
確かに楽しいのですが、クライマックスが続くようなテンションの高さに、日本人の私は少し圧倒されました。周りを見渡すと、お客さんは韓国人・中国人・ベトナム人ばかりで、皆さまがスマートフォンで動画撮影をしています。その光景を見ながら、ふと思いました——「おまかせの主役は、もう日本人ではないのでは」。
ベトナム人に聞いた“Omakase”のイメージ
なぜ、ここまでOmakaseが人気なのでしょうか。筆者はホーチミン在住の中間層〜富裕層にアンケートを実施しました。
アンケートの主な結果
- 認知:全員がOmakaseを知っている
- 体験:そのうち6割が体験済み
- 未体験の理由:Giá quá cao(値段が高い)が最多
つまり、“興味はあるけれど高くて行けない”という状態です。「興味がない」と回答した人はゼロでした。Omakaseは、ベトナムではすでに“憧れの体験”として定着しています。
おまかせの印象と体験結果
- 「シェフのライブ感がすごかった」
- 「食材のアレンジや演出」
“味”そのもの以上に体験や演出に価値を感じていることが分かりました。日本では「信頼して任せる文化」でしたが、ベトナムでは「特別な体験を買う文化」へと変化しています。
行きたいシーン
- 記念日
- 友人との食事
- デート
自由回答のキーワード
- Sang trọng và giá cao(高級で値段が高い)
- Something exclusive(特別で限定的なもの)
Omakaseは、もはやLuxuryブランドのような響きを持っていました。
「文化の逆輸出」が始まっている
かつて日本人が築いた“おまかせ文化”が、今、アジアの富裕層によって“憧れを叶える体験”に再構築されています。
物価の安い国で、あえて高級を選ぶ。そこには「豊かさの象徴」としてのOmakaseがあります。
「おまかせ」は、“まかせる”から“魅せる”へ。
全て日本から直送のネタ
寿司職人が立つ場所が変わり、食べる人の価値観も変わりました。けれど、その根底にある“人と人を信じる心”は、世界のどこでも同じなのかもしれません。
店舗情報
- 店名
- NORIBOI Omakase Japanese Restaurant
- 住所
- 12 Phan Ke Binh, Đa Kao, District 1, Ho Chi Minh City
- 価格
- コース料金:約5,000,000〜10,000,000 VND(約3〜6万円)
取材後記
日本では「修行10年」と言われる寿司の世界です。そのカウンターに、20代のベトナム人が堂々と立っていました。そして、彼の前で中国人や韓国人、ベトナム人のお客さまが「おまかせ」を楽しんでいます——。
あの夜の光景を思い出すたびに思います。“おまかせ”は、もう日本だけの言葉ではありません。それは今、アジアの新しい時代を映す鏡になっているのだと感じます。
